福岡地方裁判所 昭和60年(行ウ)13号 判決 1990年10月25日
原告 株式会社ミツノ 外四名
被告 福岡市
主文
一 原告光野輝夫の本件福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業計画決定の取消しを求める訴えを却下する。
二 原告株式会社ミツノ、同博多民主商工会、同松村國子及び同真崎勝義の本件福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業計画決定の取消請求を棄却する。
三 原告らの本件損害賠償請求を棄却する。
四 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が昭和六〇年五月一六日付福岡市公告第一三三号で公告した福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業計画決定を取り消す。
2 被告は原告らに対し、各金三三〇万円及びこれに対する昭和六一年六月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第2項について仮執行宣言
二 被告
(本案前)
1 原告らの昭和六〇年(行ウ)第一三号事件の訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案について)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者及び本件事業計画
被告福岡市は、福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業(以下「本件事業」という)の施行者であり、原告らは、いずれも本件事業の施行区域内に土地、建物を所有し、またはその賃借権を有する者である。
本件事業は、昭和五三年頃被告においてその推進に着手し、同五六年八月にホテルをキーテナントとする都市計画決定が行われ(昭和五六年八月二〇日付福岡県告示第一二九一号)、同五九年九月に至り事務所をキーテナントとする都市計画変更決定がなされたものであり(昭和五九年九月一日付福岡県告示第一二九〇号)、被告福岡市は、同六〇年三月二八日本件事業計画の設計の概要につき福岡県知事の認可を得て、同六〇年五月一六日付福岡市公告第一三三号をもって本件事業計画の決定公告をなしたものである。
2 紛争の経過と実情
本件事業の施行区域面積は約一・三ヘクタールであり、施行区域内の関係権利者は、都市計画決定当時九七人(土地、建物所有者五二名、借家権者四五名)である。区域内では六九世帯一一二人の人々が生活していたが、その多くは零細な自営業者、開業医等で、家族労働による小規模経営を営んでおり、区域内に存した六五戸の建築物も専用店舗は少なく、約八割が店舗兼住宅であった。
ところが、本件事業は右のような地域の実情に全くそぐわない地上一一階、地下三階の高層事務所ビル(総床面積約三万四九〇〇平方メートル)を建設し、西部ガス株式会社をキーテナントとして入居させ、関係地権者については、その一割程度しか入居をしていないというものである。
本件事業にあっては、住民の生活向上や地域の浮揚という観点が全く備えられていないばかりか、「再開発」の名のもとに長年月にわたり営々として築きあげられてきた地域住民の生活と営業の基盤を一挙に破壊するものであり、そのような本件事業の異常さ、無謀さの故に、住民の中から強い反対の意思が表明され、今日に至っている。
3 本件事業の違憲性
(一) 本件事業の根拠法である都市再開発法は、別紙「原告らの主張」第一に記載のとおり、次のような理由により、憲法一三条、二九条、三一条に違反するものであるから、同法に基づく本件事業も憲法に違反するものである。
すなわち、第一に、同法三条の施行区域の定めは、同法に基づく財産権に対する強度の侵害を正当化するに足りる公共性・合理性に関する要件を規定していない。第二に、同法には、施行区域内の財産権者のための適正手続及び同区域内の住民の合意手続に関する規定がない。第三に、同法の規定する第一種事業は第二種事業に比べ要件が緩やかになっているが、第一種事業の形式で実質は第二種事業を実施することが可能であり、同法は、右二種類の事業の区別と要件において法規範性を喪失している。これらの三点は、都市再開発事業において憲法上要求される公共性を担保する上での基本的欠陥である。
(二) 本件事業は、別紙「原告らの主張」第二の一、二に記載のとおり、次のような理由により、憲法一三条、二五条、二九条に違反するものである。
すなわち、第一に、本件事業は、多くの地権者に転出と店舗・住居の分割による経済的負担を強制するものである上、商業環境の変更に伴う施策もなく、地域住民の生存基盤を根底から破壊するものである。第二に、本件事業は、特定企業の利益のみを偏頗に優先する不公平なものである。第三に、本件事業は、公共の利益に合致した開発目標の定まっていない無計画なものである。
(三) 本件事業は、別紙「原告らの主張」第二の三に記載のとおり、次のような理由により、憲法三一条に違反するものである。
すなわち、第一に、本件事業は、その計画決定手続において地域住民に対し、虚偽の事実を告知し、又は故意に事実を隠蔽した。第二に、本件事業の遂行過程において、反対者に対する威圧・利益誘導等不当不正な手段が講じられた。第三に、都市再開発法に基づく意見書審査手続において、実質的な審査を遂げなかった。
4 本件事業の違法性
(一) 本件事業は、前記3(二)と同様の理由により、都市再開発法一条に違反するものである。
(二) 本件事業は、別紙「原告らの主張」第三に記載のとおり、第一に、事業区域が土地の利用状況が著しく不健全であるとはいえないから、都市再開発法三条三号の要件を満たさないし、第二に、都市機能の更新に貢献するものとはいえないので、同条四号の要件も満たしていない。
5 原告らの損害
原告らは、違憲かつ違法な本件事業により、別紙「原告らの主張」第四に記載のとおり、多大の精神的苦痛及び経済的不利益を受けた。
右の精神的苦痛及び経済的不利益を金銭をもって償うとすれば少なくとも各金一〇〇〇万円以上の金員をもってするのが相当であるが、とりあえず原告らは被告に対し右損害賠償金の内金として各金三〇〇万円の支払を請求する。
また、原告らは、違憲、違法な本件事業につき、既に審理中の事業計画取消訴訟にひきつづき関連請求として本件請求事件の提訴を余儀なくされたが、右訴訟遂行を本件代理人らに委任し、福岡県弁護士会報酬規程に基づき報酬契約を締結した。そのうち各原告らにつき金三〇万円は被告に負担させるのが相当である。
6 結論
よって、原告らは被告に対し、本件事業計画決定の取消しを求めるとともに、不法行為責任に基づく損害賠償金の内金として、それぞれ、各金三三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年六月一一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告の本案前の主張
1 本案事業計画決定の処分性
原告らは、本件訴えにおいて、被告が「昭和六〇年五月一六日付福岡市公告第一三三号をもって公告した福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業の計画決定」を取消すとの請求をなしているが、被告市の右福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業の事業計画(以下「本件事業計画」と略称する。)の決定は抗告訴訟の対象とならないものであるから、本件訴えは不適法である。
右本件事業計画自体は、その施行地区を特定して設計の概要、事業施行期間及び資金計画について都市再開発法(以下単に「法」と記載するのは都市再開発法を指す。)に基づき一般的抽象的に決定するものであって、特定個人に対する具体的処分とは異なり、本件事業計画自体では、利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかといったことが具体的に確定されるわけではない。尤も本件事業計画が公告されると、利害関係者の権利を処分するには施行者たる被告の承認がいる等の制限を受けるようになるが、これは事業計画の円滑な進行を確保するために法が特に付与した付随的効果であって、本件事業計画の決定の効果ではない。
このように本件事業計画の決定自体から直接具体的権利変動が生ずるものでない以上、これを抗告訴訟の対象とすることはできない。
2 原告光野輝夫の原告適格について
原告光野輝夫の訴えは、同原告に原告適格がないので却下されるべきである。
原告光野輝夫は、本件再開発事業の施行地区内の土地又は土地に定着する物件について権利を有する者ではない。また、施行地区外の者に対し、事業計画決定につき訴えを提起できるような個別的具体的に保護した規定もないから、訴えの利益を欠く不適法のものである。
3 本件事業終了による訴えの利益について
本件訴えは、本件事業終了により訴えの利益が失われたので、却下されるべきである。
本件訴えは、被告が昭和六〇年五月一六日付福岡市公告第一三三号で公告した本件事業計画決定の取消しを求めるものであるが、仮りにこの計画決定自体が抗告訴訟の対象となる行政処分であるとしても、右計画決定に基づく施設建築物の建築工事は既に完了し、公告されている。
また、法第一〇四条の規定による清算も全て完了し、同法第五一条第一項の規定に基づく施行規程である福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業施行条例も昭和六三年一二月二四日に廃止され、本件再開発事業は全て終了したので、右取消し事件の訴えの利益は失われたものといわなければならない。
仮りに、違法な行政処分によって原告らが何らかの利益を侵害されたとしても、取消訴訟によるよりも直接的救済手続き(昭和六一年(行ウ)第一一号損害賠償請求事件)が係属しているので、取消訴訟を維持する利益は否定されるべきである。
三 本案前の主張に対する原告の答弁
すべて争う。
四 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因第1項中、原告光野に関する部分は否認し、その余は認める。
2 同第2項中、本件事業の施行区域面積、同区域内の関係権利者数、居住世帯数、居住者数及び本件事業が原告ら主張のとおりのビルを建設し、西部ガス株式会社を入居させるものであることは認め、その余は否認。
3 同第3ないし第5項は争う。
本件事業は、別紙「被告の主張」に記載のとおり、合憲かつ適法なものであるから、原告らの主張の取消事由は存しないし、被告には損害賠償義務も生じない。
第三証拠<省略>
理由
第一本案前の主張に対する判断
一 本件事業計画決定の処分性について
被告は、本件事業計画決定は、行政事件訴訟法三条にいう処分とはいえないから、取消訴訟の対象とはならないと主張する。
確かに、本件のような第一種市街地再開発事業計画の決定については、都市再開発法六条二項により都市計画法六九条、七〇条の適用が排除され、土地収用法の適用がないから、土地収用法上の事業認定に伴う土地収用権の付与といった法的効果は発生しない。
しかし、第一種市街地再開発事業においては、施行区域内の宅地所有者等の権利者は、事業計画決定の公告後三〇日以内に、施行者に対し、権利変換又は新たな借家権の取得を希望しない旨申し出ることにより、他へ転出して権利変換計画の対象者から除外されるか否かの選択を余儀なくされる(都市再開発法七一条)。したがって、事業計画決定は、その公告により、施行区域内の宅地所有者等の権利者の法的地位を右の限度で変動させる効果を有するものといえ、行政処分としての性格を有するものと考えられる(なお、仮に事業計画決定の処分性を否定すると、決定を違法と考えている者は、その段階ではその効力を争うことはできず、後に権利変換処分の効力を争うこととなるが、その結果、権利変換処分が適法とされると、他に転出しようとしても補償金(同法九一条一項)又は移転に伴う損失補償(同法九七条)を施行者から受領することはできないから、このような不利益を避けるには当初から他に転出することを余儀なくされ、事業計画の違法を争う余地は実際上なくなってしまうこととなる。このような不合理な事態を避けるためにも、事業計画決定の処分性を肯定するのが相当である。)。
よって、この点についての被告の主張は失当である。
二 原告光野の原告適格について
行政処分の取消訴訟を提起できる者は、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあり、当該処分の取消しによってこれを回復すべき法律上の利益を有する者に限られると解される。そして、右にいう法律上保護された利益とは、当該処分の根拠となる行政法規が権利主体の個人的利益の保護を目的として行政権の行使に制約を課していることにより保護されている利益と解される。本件事業に適用される都市再開発法、都市計画法等の行政法規が形成する法体系が法的保護の対象としている個人的利益は、もっぱら施行区域内の土地所有権等の財産権ないし財産的利益に限られ、それ以外の者の個人的利益を保護しているとは考えられないから、本件事業計画決定の取消しを求める法律上の利益を持つ者は、施行区域内において財産権ないし財産的利益をもつ者に限られると解するのが相当である。
ところで、原告光野は原告株式会社ミツノの代表者であり、後記認定のとおり、同原告会社は本件施行区域内に土地及び建物を所有していたが、原告光野自身は、本件施行区域内において何らの権利も持たず、本件施行区域内に居住してもいなかったことが認められる。そうすると、原告光野は、本件施行区域内に財産権ないし財産的利益を有しているとは認め難く、同原告には原告適格が認められない。したがって、同原告の本件事業計画決定の取消しを求める訴えは不適法である。
三 本件事業計画決定取消訴訟の訴えの利益
被告は、本件再開発事業が完成したことにより、本件事業計画決定取消訴訟の訴えの利益が消滅した旨主張する。
しかし、前記一のとおり、本件事業計画決定は、本件施行区域内の権利者の権利に変動を来すものであり、右決定の取消訴訟は、右変動を受ける前の権利状態の回復を求めるものであるところ、たとえ本件再開発事業が完成しても、右権利状態の回復を妨げる法的効果は発生しないと解すべきであるから、被告の指摘する事情は、行政事件訴訟法三一条に基づく請求棄却判決を求める根拠とはなっても、訴えの利益消滅を基礎付ける事情にはならないというべきである。
よって、この点についての被告の主張は失当である。
第二本案に対する判断
一 事実認定
成立に争いのない甲第一号証の一ないし一三、第二号証の一、二、第三ないし第五号証、第一二、一三号証、第一五号証の一、第二七ないし第三四号証、第三六号証、第三八ないし第四一号証、第四六号証、第五四号証、第六五号証、第七〇、七一号証(ただし、書き込み部分を除く。)、第七二、七三号証(ただし、書き込み部分を除く。)の各一ないし三、第八二、八三号証の各一ないし四、乙第二ないし一五号証、第一九号証、第二〇号証の一、二、第二一号証、第二二、二三号証の各一、二、第二四、二五号証、第二六、二七号証の各一ないし七、第二八号証、第二九号証の一、二、第三〇号証、第三一号証の一、二、第三二号証、第三三、三四号証の各一、二、第三五ないし第三七号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第八号証、第一四号証、第一五号証の二ないし七、第八〇、八一号証、原告株式会社ミツノ代表者光野輝夫(以下、原告会社代表者という)尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立を認める甲第一六ないし第二二号証、第三五号証、第五二、五三号証、第五五ないし第六一号証、第六三、六四号証、第六六ないし第六九号証、第七六ないし第七九号証、証人古田義行及び中野長喜の各証言、原告会社代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。
1 本件施行区域の位置及び沿革
本件施行区域である福岡市博多区千代一丁目一六、一七番地、同二丁目二三番地を含む千代地区は、同市の中心部である天神から東に二キロメートル、博多駅から北に一・五キロメートルと都心に隣接した位置にあり、国道三号線、御笠川、東公園、九州大学に囲まれた地域で、千代小学校の校区として一つのまとまった地域社会を形成していた。千代地区は、戦前から昭和三〇年ころまでは、旧粕屋郡の中心地であった箱崎と福岡の中心地であった博多地区とを結ぶ位置にあったことから、宗像、粕屋、筑豊方面からの玄関口として繁栄していた。しかし、昭和三〇年代後半以降、福岡市では、住宅地は西南部に広がり、商業業務は天神及び博多駅周辺に集中するようになったことや、エネルギー革命により粕屋、筑豊方面が衰退したため、同市東部地域一帯とともに千代地区も衰退し始め、人口も減少の一途をたどった。すなわち、地区内の人口は昭和四五年から昭和五〇年にかけて一七パーセント以上減少し、老齢化が進み、地区内の事業所数は昭和三二年から昭和五〇年にかけて六・八四パーセント減少した。また、この地区は、戦災を免れたこともあって、老朽家屋が密集していた。すなわち、昭和五四年の調査時において、本件施行区域内の建物六二棟のうち、五二棟は昭和三〇年以前に建築されたものであり、昭和四一年以降に建築されたものはわずか五棟にすぎず、予てから消防上の問題が指摘されていた。
また、本件施行区域に隣接する都市計画道路千代大手門線、同東公園線、同千代粕屋線は、いずれも交通量がかなり多いにもかかわらず、歩道は本件施行区域内には千代一丁目一七番地の南西部分を除き設置されておらず、本件施行区域とその周辺では昭和五一年度だけで五件の車対人の交通事故が発生したが、それらはいずれも歩道の整備されていない場所で発生したものであった。
2 原告らの地位
原告株式会社ミツノ(旧商号は寿バーナープラント株式会社)は、本件事業開始前は石油コンロ、オイルバーナー等の販売を目的とする会社で、本件施行区域内に約一五四平方メートルの土地を所有し、同地上に鉄骨造陸屋根六階建延べ面積約四六八平方メートルの寿バーナープラントビルを所有していた(ただし、右ビルは、福岡市が本件事業決定の同市都市計画審議会への付議案を同市議会第四委員会に報告する約二か月前で、すでに右決定のされることは同市が「再開発のお知らせ」と題するパンフレットで本件施行区域内に周知していた昭和五六年三月二〇日に建築確認申請がされ、同年四月二一日に建築確認を得たものである。)。しかし、本件再開発事業により、右土地建物の権利変換を受けて再開発ビルの一階及び二階の各一部に権利変換床を取得した後は、右バーナー販売事業は他へ譲渡し、右床をすべて西部ガスに賃貸して月約九四万円の賃料を得ている以外には特に活動はしていない。
原告光野は、原告株式会社ミツノの代表者であるが、本件施行区域内には、居住していないし、何らの私的権利も有しなかった。
原告博多民主商工会は、博多区内の中小零細業者で組織された団体で、昭和五八年一〇月、原告株式会社ミツノから寿バーナープラントビルの一部を賃借して入居していたが、昭和六三年八月に他へ移転した。
原告松村は、本件施行区域内の二階建ての店舗兼住宅を賃借し、一階でかばん店を経営し、二階に居住していたが、本件再開発により、再開発ビル一階の一部を西部ガスから賃借してかばん店を継続している。
原告真崎は、原告株式会社ミツノと同様、本件事業決定の直前に息子の剛名義で本件施行区域内に鉄筋コンクリート造六階建てのビル(マルシンビル)の建築確認を受け、同決定後にこれを完成させ、その一階で陶器店を経営し、その六階に居住していたが、本件再開発に伴い、息子剛が市から移転補償金を受け取ってしまったことから、他へ転出した。
3 本件事業計画のきっかけ
このような状況の下で、昭和五二年七月二一日、福岡県議会が県庁舎を東公園に移転する旨決定し、これが福岡市東部地域振興の起爆剤になるのではないかとの期待がもたれ、これに隣接する千代地区の将来のあり方も、各方面の関心を集めることとなった。また、福岡県知事も、同年四月ころ、福同市長に対し、この問題の検討方を要請した。
次いで、昭和五三年五月二六日には、千代地区を通る予定の地下鉄二号線の工事の施工が認可された。
千代地区においては、県庁舎移転に当たり組織的な誘致運動を行っていたが、その実現に伴い、その組織を県庁周辺発展期成会と改称した。県庁周辺発展期成会は、昭和五二年一一月三〇日、福岡市長に対し、移転後の県庁舎近隣地区の環境整備、交通対策、市街化対策等について、行政当局として調査、指導を早急に行い、地域住民の積極的な県庁舎受入協力態勢に応えるよう陳情した。また、昭和五三年一月七日には、地元有志による再開発研究会が発足した。
4 福岡市による再開発事業基本計画の作成
福岡市都市開発局においては、このような動きを受け、昭和五三年七月一一日から昭和五四年三月二〇日までの間に、建設省及び福岡県の補助を受け、社団法人全国市街地再開発協会に委託し、九州大学教授光吉健次委員長以下六名の委員からなる福岡市千代地区市街地再開発事業基本計画作成委員会の指導を受けながら、福岡市千代地区市街地再開発事業基本計画を作成した。この計画は、本件施行区域である福岡市博多区千代一丁目一七、一八番地、同二丁目二三番地に同一丁目一六番地、同四丁目一番地を加えた約三・〇四ヘクタールを施行地域とし、その区域内に三棟の一四階建てのビルを建築し、内二棟は上層部に住居、下層部にスーパーマーケット、店舗事務所を、内一棟はホテル、事務所等を配置するというものであった。この計画においては、上記のような整備を行う必要性として、次の三点を挙げている。すなわち、第一に、千代地区がそれまで果たしてきた都心部と宗像、粕屋、筑豊地区との結節点としての機能は将来も変わらない上、県庁移転を契機に千代地区に流入する交通量が増加すると考えられるので、道路網の整備による交通処理能力の向上と安全性の確保を図り、地区内を通過する交通と歩行者を中心とした、地区内交通の調和ある整備を図る必要があること、第二に、県庁移転により県の行政機能の中心が千代地区に出現することになるので、周辺の老朽化した暗いイメージの街区の環境を整備し、周辺交通施設や都市設備の整備を促進し県庁の行政機能を補完する諸施設や県庁へのサービス機能の整備を行う必要があること、第三に、千代地区は、都心地域として交通の便がよく職住近接による住宅供給に適しているし、東公園を中心とした居住関連施設にも恵まれているので、老朽化しつつある住居の再開発を行い、都心地域における良好な住環境を整備する必要があること、の三点である。
また、同局都市開発部再開発課では、昭和五三年七月以降、再開発についての説明等を記載した「再開発のお知らせ」と題するチラシを作成し、本件施行区域の権利者全員に配付するとともに、昭和五四年五月三一日から同年七月まで、千代地区組別懇談会を開いて、広報活動を行った。
同局においては、昭和五四年六月八日から昭和五五年三月一九日まで、独自に千代地区市街地再開発事業調査を行った。その結果、先の基本計画で施行区域とされた区域のうち、千代一丁目一六番地は、正確な権利状況の把握が困難な千代市場跡地を含んでいるため、将来組合施行による再開発を目指し、取り敢えず当面の施行区域から除くこととし、千代四丁目一番地は、その大部分が公共用地と地元大手企業の所有地であるため、単独事業又は個人施行による再開発を考慮して施行区域から除くこととし、施行区域を本件施行区域に絞った。そして、再開発の主体については、それ以前は組合施行を検討していたが、本件施行区域内には小規模の権利者が多く、まとまった組織もないこと、再開発による公共施設整備の重要性を考慮し、公共団体施行によることとした。
5 福岡市による本件再開発事業案の作成のための調査活動等
同局は、昭和五五年五月三一日から昭和五六年三月一〇日までの間、千代地区市街地再開発等調査(B)として、本件施行地域の現況調査、住民意向調査、広報活動等を行い、これらの結果を考慮して、再開発ビルへの公民館設置の取り止め、共益費低減のための共用部分の負担減、建設費低減のための駐車場の縮小、東側道路拡幅のための計画区域の一部拡張等の事業計画の修正を行った。
現況調査の結果は、次のとおりである。すなわち、地区内の建物は、六五戸で、そのうち耐火建築は二戸(面積比では五・六パーセント)、簡易耐火建築は三戸(同五・四七パーセント)にすぎず、その余の六〇戸は木造建築であった(同八八・九三パーセント)。しかも、その建築時期は、五五戸が昭和三〇年以前のものであって、昭和四一年以降に建築されたものは五戸にすぎず、老朽化した木造建築が大半を占めている状況であった。区域内の建築敷地面積は七〇四八・一六平方メートルであるが、建築面積は四五一〇・九四平方メートルで建ぺい率は六四パーセント、建築延べ面積は七七九八・六九平方メートルで容積率は一一〇・六五パーセントであった(なお、その後の昭和五六年八月二〇日時点の調査によると、区域内の土地利用の状況は、全体の約八四パーセントが二〇〇平方メートル以下と著しく細分化されていた。)。地区内の権利関係の現況は、地区内の土地のみの所有者四名、土地建物の所有者四八名(うち建物を他に貸している者は六二・七パーセントで、少なくとも一八名は地区外に居住している。)、借家権者四五名で、権利者は合計九七名であった。昭和五五年の相続税財産評価基準によると、地域内の土地の価格は前年に比べて七・四パーセントから一四・七パーセント上昇しているが、県庁の移転及び地下鉄千代町駅の建設決定により、売買事例は少ないものの、思惑の地価はかなり上がっている。借家の賃料は、住宅の場合、木造の六畳一間(台所・便所付)で平均月額一万二〇〇〇円程度、店舗の場合、一五坪程度で平均月額三万円程度であった。地区内の公共施設としては、公民館と派出所のほかには、東端のごく一部が市民体育館の用地となっているのみであった。
住民意向調査は、事業計画案作成前の昭和五三年一一月と事業計画案提示後の昭和五四年一月の二度にわたり、アンケート調査をし、昭和五五年七月から九月にかけては個別懇談を行った。そのうち、第一回のアンケート調査では、居住環境について、七九・八パーセントが住みやすいと答え、七五・五パーセントが今後も住みたいと答え、営業環境について、六四・一パーセントが営業しやすいと答え、八九・三パーセントが今後も営業を続けたいと答え、再開発の意向については、条件付きを含む推進意向は六四パーセント、消極的意向は三三・三パーセントであった。第二回のアンケート調査では、再開発の必要性を認めるものが六五・九パーセント(借家人では七六・八パーセント)で、これを明確に否定する者は三・五パーセントにすぎず、計画案の評価については、「良い」及び「大体良い」が四四・七パーセントを占め(借家人では五五・八パーセント)、「見直し必要」としたのは一〇・六パーセントにすぎなかった。また、営業者の五〇パーセント、居住者の三九・三パーセントが再開発ビルでの営業・居住を希望していた。最後の個別懇談の結果は、再開発自体については、賛成七七名、条件付賛成五名、態度保留七名、反対七名であり、再開発ビルへの対応については、入居したい者三〇名、賃貸したい者三名、賃借したい者六名、転出したい者三六名、方針未定一二名、不明七名であった。
また、この間、昭和五五年一二月二〇日には、本件施行区域内の権利者のうち六八名が会員となって千代地区再開発推進連絡協議会を発足させ、市からの補助金を得て他市の再開発の実例を視察するなどして、再開発についての理解を深め、再開発の推進に協力する姿勢を示した。
6 本件再開発事業の決定
以上のような経過の後、福岡市においては、本件施行区域約一・三ヘクタールに建築面積約四五〇〇平方メートル、延べ面積約三万四〇〇〇平方メートルの建築物を建て、このうち約九〇パーセントを商業施設(ホテル、店舗、事務所等)、約一〇パーセントを駐車場とする旨の千代地区第一種市街地再開発事業の案を作成し、昭和五六年五月一六日、市議会第四委員会に対し、右市街地再開発事業の決定を福岡市都市計画審議会へ付議する旨報告した。この委員会において、市側は、本件施行区域内の再開発に対する意向について、地権者五一名中二名、借家人四五名中四名のみが反対している旨報告し、そのことが新聞により広く報道された(なお、原告らは、この点について、市が本件事業推進のため敢えて虚偽の報告をした旨主張するが、右の数字は、前記認定の個別懇談の結果とほぼ合致しているし、その後の経緯に照らすと反対者数が少なすぎるように見えないでもないが、右個別懇談の結果中の態度保留者や条件付賛成者がその後反対に回った可能性もあるから、特に不自然なものともいえず、虚偽の報告であると断定することは困難である。)。
これに対し、本件再開発に反対する者らは、同月二三日、原告真崎を代表者として市議会に対し「千代地区再開発の計画、再開発検討に関する請願書」を提出した。市議会第四委員会においては、右請願に基づき、同年六月九日、代表者である原告真崎の意見陳述が行われた。
その後、同月一一日には、福岡市長の諮問機関である福岡市都市計画審議会(第四三回)が開催され、右市街地再開発事業決定案とそれに伴う本件施行区域についての福岡都市計画用途区域の変更案、同都市計画に基づく防火地域への追加指定案、同都市計画高度利用地区の変更案(本件施行区域について、建築物件目録の延べ面積の敷地面積に対する割合の最高限度を一〇分の五〇、最低限度を一〇分の三〇、建築物の建築面積の最低限度を二〇〇平方メートルとすることなどを内容とするもの。)が付議され、原案どおり議決された。
次いで、同年八月五日には、福岡県都市計画地方審議会(第七二回)が開催され、右同様の議案及び本件施行区域北側の幹線街路である千代大手門線についての福岡都市計画道路の変更案が付議され、市街地再開発事業決定案については、原告光野ほか五名が反対の意見書を、柴田隆嘉ほか二三名が賛成の意見書をそれぞれ提出したが、右各議案とも原案どおりに議決された。
これを受けて、福岡県知事は、同月二〇日、右のとおり、市街地再開発事業決定(福岡県告示第一二九一号)、福岡都市計画用途区域の変更(同告示第一二九二号)、同都市計画道路の変更(同告示第一二九三号)を行い、その旨告示し、福岡市長は、同日、右のとおり、福岡都市計画高度利用地区の変更(福岡市告示第一八八号)、同都市計画防火地域及び準防火地域の変更(福岡市告示第一八九号)を行い、その旨告示した。
7 本件再開発事業決定の一部変更
福岡市は、右市街地再開発事業を実施するため、昭和五七年四月一日、都市開発局都市開発部副主幹(千代担当)を都市開発局都市開発部千代再開発事務所へ組織変更するとともに、同年六月ころから昭和五八年二月ころまでの間、事業計画策定のため土地建物等現況調査(土地鑑定、建物調査、地盤調査、土地測量等)を実施した。
この間、同局は、施行区域の権利者に対し、説明会を開くなどして再開発への理解と協力を求めていたが、昭和五七年四月ころ、権利者の多くから再開発ビルのキーテナントがホテルでは集客力に欠けるとの指摘がされた。同局は、これに対し、その点については原案にこだわらないし、具体的な事業認可までには十分時間をかけて地元と協議するので、より良い案があれば提案してほしい旨回答した。また、再開発ビルには住居部分がないことから、同局では、本件施行区域から一〇〇メートル程度のところにある福岡市中央市場跡地に三〇戸程度の再開発住宅を建築することを計画し、入居希望の有無を確認したが、入居希望は五、六戸にすぎず、これらも他の公的住宅等の斡旋を受けたり、独自に適当な住居を見つけたりしたため、結局この再開発住宅は建築されなかった。
原告光野は、これに応じて、施行区域の中央にかなりの広さの空地を残し、これを囲む形で四階建て程度の建物を建築し、その一階を店舗、二階以上を住居とする案を図面を添えて提案した。同局では、この案を検討したが、このような低層の建物では、処分可能な床が少なく、再開発の費用をまかなうことが到底不可能であるし、費用捻出のために建物を高層化して住居部分を増やすと、建物の形態からして日照の問題が生ずるおそれがあり、結局実行はむずかしいとの結論となり、その旨同原告に説明した。
同局においても、独自にいくつかの地元の大企業に再開発ビルへの入居を要請し、西部瓦斯株式会社とその関連会社である西部ガス興商株式会社が入居に応ずることとなり、昭和五九年五月一五日、福岡市と右二社とは再開発ビルの保留床等の処分に関する覚書を締結した。
このように再開発ビルのキーテナントがホテルでなくなったことに伴い、前記市街地再開発事業決定中の建築物の主要用途からホテルを除くことが必要となり、昭和五九年五月二九日、福岡市都市計画審議会(第五四回)においてその旨の変更案が議決され、同年七月二六日に開催された福岡県都市計画地方審議会(第八七回)に同案が付議され、松野ほか一名が反対の意見書を、柴田隆嘉ほか一名が賛成の意見書をそれぞれ提出したが、原案どおり議決された。これに基づき、福岡県知事は、同年九月一日、右のとおり、都市計画変更決定(福岡県告示第一二九〇号)をした。
8 福岡市による本件再開発の事業計画案の作成
福岡市都市再開発局は、本件再開発についての事業計画案を策定し、昭和五九年一〇月三〇日、施行地域の関係権利者に対してこれについての全体説明会を開催し、同年一一月一三日から同月二六日まで同案の縦覧を実施した。また、同市においては、同年一二月二四日、都市再開発法五二条二項各号の事項その他本件再開発を実施するのに必要な事項を定めるため、福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業施行条例を制定した。
同案の内容は、それまでの構想に沿って、本件施行区域内の千代一丁目一七番地と一八番地の間に存する市道一五五二号線(新茶屋通り)を廃止して両番地を一体として利用し、そのうち約六一五〇平方メートルを敷地として、建築面積約四〇五〇平方メートル、延べ面積約三万四九〇〇平方メートルの鉄骨鉄筋コンクリート造地下三階地上一一階の再開発ビルを建築し、その高層部は業務施設を中心とし、低層部は商業、コミュニティー施設を中心として利用し、地下鉄二号線千代県庁口駅の乗降出入口を敷地内に取り込み、地下一階で再開発ビルと接続するというものである。このように、敷地面積を限定し、建築物の壁面を従前の状態より後退させたことにより、周辺の道路沿いに十分な歩行空間を確保し、千代交差点側地下鉄出入口部分及び東側角地部分にまとまったオープンスペースを確保し、憩いの場又は防災空間としての利用に供するとともに、周辺の各道路を拡幅することとし(本件施行区域北西側の都市計画道路千代大手門線及び同東公園線を約二二メートルから二五メートルに、再開発ビル南西側の同千代粕屋線を約二三・五ないし二五メートルから二五メートルに、北東側の区画道路一号線(市道一五四〇号線)を約九ないし一二メートルから一二メートルに、南東側の同二号線(市道一五三九号線)を約八メートルから八メートルに、それぞれ拡幅する。)、それぞれの道路管理者との協議も済ませた。また、以上の事業に工事費、事務費、借入金利子として一三三億五〇〇〇万円の支出を見込み、これを約七億六〇〇〇万円の補助金及び約七億円の市負担金のほかは都市再開発法一〇八条によるいわゆる保留床の譲渡代金約一一八億八〇〇〇万円でまかなうこととし、右譲渡代金の支払いを受けるまでのつなぎとして同額の借入を行うとの資金計画が立てられた。
なお、前記全体説明会の際、市側から、再開発ビルの権利床の価額は地上一階部分で坪当たり一六五万円となる見込みであり、共益費は坪当たり月額六〇〇〇円を超えないようにしたいとの説明があった。
9 本件再開発事業計画決定に至る手続
同案の縦覧の際、三八名(うち施行区域内の権利者は一六名)がこれを縦覧し、荒牧善之助、佐藤俊子ほか真崎以外の原告四名を含む一二名、前田熊次ほか二名、崎村賢助(千代校区自治連合会会長)、柴田隆嘉(千代地区再開発推進連絡協議会会長)作成の各意見書が提出された。このうち、崎村及び柴田作成のものは事業計画案に賛成するもので、荒牧作成のものは再開発ビルの共益費の低減を要望するもの、佐藤ら作成のものは、本件再開発を地域の実態と住民の声を無視し特定企業の利益のみを優先するものとし、その白紙撤回を要求するもの、前田ら作成のものは、再開発ビルの床価額及び共益費が高すぎること、転出者への補償額が低すぎることを指摘するほか、事務所を主体とした再開発は当初の目的を失い適当でないから中止すべきであるというものであった。
また、佐藤らの意見書の提出者の一人である徳永次彦は、同意見書の提出者一同を代表して、昭和六〇年一月七日、福岡市長に対し、右意見書の審査に当たり、行政不服審査法二八条に基づき市当局の本件事業計画案に関する手持ち資料、すなわち、<1>関係権利者の従前の資産調査の結果に関するもの、<2>再開発ビルの処分価格が関係権利者の従前の利用面積と同程度の床面積を取得し得るように設計されているか否かの検討結果に関するもの、<3>マーケティング調査に関するもの、<4>関係権利者の資金力、意向調査等の結果に関するもの、<5>キーテナントとの間に交わした覚書、<6>その他都市計画審議会や市議会の審議に供した資料の提出及び公表すること、同法二七条に基づき、参考人三上礼次から渡辺通地区及び西新地区再開発の実態調査結果等について陳述を求め、しかるべき都市計画学者、経営学者及び不動産鑑定士を鑑定人として、本件事業計画案の設計概要が関係権利者の状況や地区の商業環境等に照らして法令の趣旨に合致した適正なものになっているか否かについての鑑定を求めること、同法二九条に基づき、本件施行区域、渡辺通再開発ビル及び西新再開発ビルにおいて建築物の状態及び営業状況等を検証すること、同法三〇条に基づき、以上の証拠調べの後に意見書提出者等の審尋をすることを申し立てた。
これに対して、福岡市長は、同月一〇日付けで、これに対し書面で回答した。その内容は、まず提出等を求められた資料については、<1>及び<4>は個人のプライバシー等に属するものであるから公表できない、<2>のような資料は存在しない、<3>については関係権利者で必要な者には配付する、<5>は公表できないが、これに関する資料を含む<6>については千代再開発事務所での閲覧を認める、とした。次に、証拠調べについては、参考人についてはその陳述事項が意見書の内容審査には直接関係がないから必要がないとし、鑑定のうち、事業計画における設計概要及び小売商業需要予測等についてはすでに専門家の調査がされているので不必要であり、再開発ビルの処分価格並びに関係権利者の従前の資産の状況及びこれらに対する評価については、未だ確定していない事項なので、この段階で鑑定を行う必要はないとし、検証については、本件施行区域は市が施行者として十分承知しているので不必要であり、その他は本件に直接関係がないので必要がない、とした。
そして、福岡市は、同月一四日、三〇日、同年二月一七日の三回にわたり、事業計画案に対する意見書に係る口頭意見陳述会を開催し、意見書提出者やその代理人の弁護士らが意見を陳述するとともに、市側に対し質問をし、市側は、即答し得るものについては口頭でこれに応じ、調査の上回答し得るものについては文書で回答する旨約するなどして対応した。
10 本件再開発事業計画の決定とその公告
これらの手続きの後、福岡市長は、昭和六〇年三月四日、都市再開発法五一条一項に基づき、福岡県知事に対し右事業計画中の「設計の概要」について認可の申請をしたが、これに先立ち、同年三月一日付けで、事業計画案に反対する趣旨の前記三通の意見書の提出者に対し、意見書はいずれも採択できない旨文書で通知するとともに、「意見書に対する本市の考え方について」と題する書面により、再開発事業を計画した背景とその位置付け、地元権利者への配慮の内容、キーテナント選定の経緯とその地元への影響等について、市の考え方を説明した。
徳永次彦は、千代一丁目三区住民有志代表として同月一二日付けで、県知事に対し、本件再開発は住民の総追い出しにつながるものであるから、右認可申請については慎重な検討を希望する旨の要望書を提出した。
福岡県知事は、昭和六〇年三月二八日、右「設計の概要」を認可し、本件事業計画は決定された。
その際、右要望書を提出した徳永に対しては、同日付けで県土木部都市計画課長が、認可申請書の内容及び手続きに違法性がないので認可せざるを得ないが、福岡市も今後権利者が入居できるよう権利床価格及び共益費の低廉化について努力をし、営業ができるよう誠意をもって協議していくとのことであるから、権利者と市当局において今後も充分協議を行い、事業の推進が円滑になされるようお願いする旨文書で回答し、同時に、福岡市長に対しては、県知事名で、右要望及び回答の事実を通知するとともに、事業の遂行に当たっては、地域住民の方々とより一層の協議をされ、理解と協力を得るよう努力してくださいとの通知がされた。
福岡市長は、同年五月一六日、本件事業計画決定を公告(福岡市公告第一三三号)したが、その中には、権利変換を希望しない旨の申出をすることができる期限として、同年六月一四日との記載があった。また、福岡市長は、本件事業計画の設計の概要を表示する図書を、同市都市開発局千代再開発事務所において公衆の閲覧に供する旨公告した。
11 福岡市による用地先行買収について
福岡市は、本件事業計画決定の公告に先立ち昭和五七年から本件施行区域内の用地の先行買収及びそれに伴う借家人補償を行っていた。その件数は、用地の取得が、昭和五七年三件、同五八年五件、同五九年一一件、同六〇年二件の合計二一件で面積は合計約一四五〇平方メートル、借家人の補償が、昭和五七年五件、同五八年四件、同五九年七件の合計一六件であった。このような先行買収を行った理由は、昭和五六年に本件施行区域について再開発事業の都市計画決定がされたことにより、都市計画法上、本件施行区域内での建築が規制されるとともに、その規制に適合しない建物を建築することを希望する者はその土地の買収を請求し得ることとなり、本件事業の施行者である市としては、建築許可申請から土地買取請求という正規の手続きがされていない場合でも、施行区域内の土地所有者から土地買取の要求が出されるとこれに応じざるを得ない立場にあったことにある(なお、原告らは、この点について、市側から強引な先行買収が行われた旨主張し、原告会社代表者の供述中には、これに副う部分もあるが、右部分は事実の特定性に欠け、これのみで右主張を認定することはできないし、他にこれを認めるに足る証拠もない。)。
12 本訴提起後の経緯
福岡市は、同年一一月一日から一四日まで権利変換計画案を縦覧し、同月一〇日これについての県知事の認可を受け、同月一八日権利変換計画を公告した。原告光野らは、これを不服として、福岡県収用委員会に裁決を申請したが、同委員会は、昭和六二年二月二七日、右申請を斥ける裁決をし、原告光野らは、同年六月一日、権利変換金請求事件を提起した。
原告株式会社ミツノほか四名は、権利変換期日の昭和六〇年一二月二五日を過ぎてもその占有部分の明渡しに応じなかったが、市から重なる請求により、昭和六一年一一月初めまでに、本件施行区域の北西隣りの千代四丁目一番地内に設けられた仮設店舗に移転した。
福岡市は、昭和六一年五月一二日、再開発ビルの起工式を行い、同ビルの完成に伴い、福岡市長は、昭和六三年七月一一日、都市再開発法一〇〇条に基づき、再開発ビルの建築工事完了の公告(福岡市公告第一九八号)をし、同年八月二五日には、同ビル「パピヨン二四」の竣工式が行われた。
再開発ビルには、従前の権利者のうち原告株式会社ミツノを含む一一名が合計約一四八〇平方メートルの権利変換床を取得したほか、六名が権利者特定分譲を受け、キーテナントである西部ガス等は、保留床約二万八五七〇平方メートルを取得したほか、右原告会社を含む四名の権利変換床を賃借することとなった。再開発ビルの地下一階から地上二階にかけては、右権利変換や特定分譲を受けた者が独自に営業したり、それらの者やキーテナントの西部ガス等から賃貸するなどして、福岡東電報電話局、交通公社、西日本銀行千代町支店、新日本証券博多営業所、岩田屋千代ギフトサロンなどの一般住民の利用可能な店舗等が入居したほか、二階には地域サービス施設として西部ガスホールが設置された。そして、再開発ビルの三階以上は、西部ガスがその本社ビルとして利用している。
福岡市は、本件再開発事業の完成に伴い、福岡都市計画千代地区第一種市街地再開発事業施行条例を廃止する条例(福岡市条例第五八号)を制定し、昭和六三年一二月二四日、これを公布した。
二 本件事業の違法性の有無
1 都市再開発法の違憲性の有無
原告らは、本件事業の根拠法である都市再開発法は、次の三つの理由により、憲法一三条、二九条、三一条に違反するものであるから、同法に基づく本件事業も憲法に違反する旨主張する。
すなわち、第一に、同法三条の施行区域の定めは、同法に基づく財産権に対する強度の侵害を正当化するに足りる公共性・合理性に関する要件を規定していない。第二に、同法には、施行区域内の財産権者のための適正手続及び同区域内の住民の合意手続に関する規定がない。第三に、同法の規定する第一種事業は第二種事業に比べ要件が緩やかになっているが、第一種事業の形式で実質は第二種事業を実施することが可能であり、同法は、右二種類の事業の区別と要件において法規範性を喪失している。
そこで、検討するに、私有財産を正当な補償の下に公共のために用いることは憲法自体が容認するところであり(憲法二九条三項)、これを受けて「都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的」として都市計画法が制定され(同法一条)、「市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もって公共の福祉に寄与することを目的」として都市再開発法が制定されているのである(同法一条)。憲法の定める「公共のために」とは、当該私有財産の所有者のみの利益を超えた、より広い範囲の国民一般又は一定地域内の住民一般の利益を図ることを指すと解すべきであり、現在のわが国の国土の状況一般取り分け都市部への過度の人口の集中の状況に照らすと、都市計画法及び都市再開発法がその立法目的として揚げるところは、いずれも憲法の定める「公共のため」という趣旨に合致するものである。そして、憲法二九条三項の趣旨は、正当な補償が与えられるならば、その所有者の意思に反しても当該私有財産を公共のために用いることができるというものであるから、都市再開発法が都市再開発の要件及び手続を定めるに当たっては、憲法上、その対象となる地域内の権利者の合意を得ることは必ずしも必要ではなく、もっぱら再開発の内容が公共性を持つこと及び右権利者に正当な補償がされることを確保するために要件及び手続を定めれば足りると解すべきである。
このような観点から、本件で問題となっている第一種都市再開発事業のうち地方公共団体である福岡市が施行者として行うものの要件と手続を検討する。
この種事業は、おおよそ、<1>市による基本計画の策定、<2>高度利用地区の都市計画決定、<3>再開発事業の都市計画決定、<4>施行規程の決定、<5>事業計画決定、<6>権利変換計画と権利変換処分、<7>工事着手、という手続で行われる。
このうち、<1>は市内部の意思決定の段階にすぎないし、<2>及び<3>については、予めその案が公衆の縦覧に供されるものの(都市計画法一七条、なお、同法一六条により公聴会が開催される場合もあるが、必要的なものではない。)、その決定は、<2>については市が県知事の承認(県知事は予め都市計画地方審議会の議を経なければ承認できない。)を受けて行い(同法一九条)、<3>については県知事が関係市町村の意見を聴きかつ都市計画地方審議会の議を経て行うものである(同法一八条)。<4>は、市議会が条例の形式で定め(都市再開発法五二条)、<5>は、市がその案を作成し、これを予め公衆の縦覧に供し、関係権利者はこれに対し意見書を提出することができ、この意見書の審査については行政不服審査法の異議申立ての審理に関する規定が準用されるが、市はこれに拘束されるわけではなく、意見書を採択しない場合にその旨通知し、原案どおり決定することができる(同法五三条と同条による同法一六条の準用。)。ただ、事業計画決定のうち、「設計の概要」については県知事の認可を受けねばならず、認可後、事業計画は公告される(同法五一条、五四条)。
このように、<1>から<5>までの手続には、再開発事業の施行区域内の権利者の同意は、法律上全く必要とされていないし、事実上その意見を反映させる可能性も<5>の段階で初めて制度的に保障されているにすぎない。しかし、これらの段階は、再開発事業を行うか否かと行う場合にその内容を決定する段階であるから、その決定は、もっぱら公共性の観点からされるべきであり、施行区域を含む当該再開発により影響を受ける地域全体の民意を代表する市や県知事が行うのにふさわしい事項といえるのであって、もとよりこの段階で施行者が施行区域内の権利者の合意を得るよう努力することは、再開発の円滑な実施を図る上で望ましいことではあるが、これを法律上の要件とまですることはそれらの者らの利害のみにこだわることによりかえって公共性の判断を誤らせる原因にもなるといわざるを得ない。したがって、これらの段階に、施行区域内の権利者の同意が要求されず、その意見の反映される保障がされていないとしても、特に憲法上の問題は生じない。
そして、<6>の段階では、権利変換計画の案を施行者である市が作成し、権利者がこれに対し意見書を提出し得ることは<5>の段階と同じであるが、法はこの段階がまさに施行区域内の権利者に正当な補償が与えられるか否かが決まる時期であることに鑑み、権利変換計画は従前の土地等の価額と権利変換後の床の価額が照応しかつ不均衡がないように定めなければならないとし(同法七七条二項)、転出希望者への補償金や(同法九一条)、土地明渡しに伴う占有者に対する補償(同法九七条)についても別途規定しているほか、右意見書の採否及び権利変換計画の決定には市街地再開発審査会の議決を経なければならないとしており(同法八四条)、右審査会の構成は<4>の施行規程で定められるが、法律上施行区域内の宅地について所有権又は借地権を有する者を加えなければならないから(同法五二条、五七条)、これらの者の意思が権利変換計画に反映される途が制度的に保障されていることとなるし、意見書が不採択となった場合には、その提出者は従前の土地等の価額について収用委員会の裁決を求めることができ(同法八五条)、その裁決に不服のある者はさらに行政訴訟を提起することも可能である。これらに鑑みると、都市再開発法は、権利変換計画の要件とその手続の両面から施行区域内の権利者が正当な補償を受け得るように十分な規定を置いているということができる。
以上によると、都市再開発法等の定める手続は、前記の憲法上の要請を十分に満たしており、憲法違反の問題はないといえる。
次に、再開発の要件について検討すると、先に検討したように、施行区域内の権利者に正当な補償がされることについては権利変換計画の要件とその手続の両面から十分な保障がされているから、右要件については、公共性確保の観点のみからこれを定めても特に憲法上の問題は生じないと考えられる。そして、都市再開発法三条は、この点について、施行区域が高度利用地区であること(一号)、施行区域が低層非耐火家屋による低度利用地区であること(二号)、施行区域内に十分な公共施設がなく、区域内の土地利用が著しく不健全なものであること(三号)、施行区域内の土地の高度利用を図ることが都市機能の更新に貢献するものであること(四号)、の四つの要件を規定しており、これらは再開発の公共性確保の観点から必要にして十分なものと考えられる。
これに対し、原告らは、右要件のほか、<1>地元権利者の福利向上の度合い、<2>再開発によって間接的に影響を受ける住民の福利向上の度合い、<3>保留床を買って入居した者の満足度、<4>自治体財政への影響、の各指標からも公共性が認められなければならないと主張する。しかし、右のうち、<1>の点は、再開発事業計画決定までの手続に権利者の同意を要件とすることと同様、公共性の確保とは相いれない面があり、要件には加えずそれらの者に正当な補償がされているか否かという観点から検討すべきものであるし、<2>及び<3>の点は、抽象的でその具体的な把握が困難であるから、要件に加えるのは適当でなく、むしろそれらを具体化したものが法の定める前記各要件であるとみるべきである。また、<4>の点は、確かに重要な点ではあるが、自治体の議会がその予算を定める際に独自に検討すべきものであるから、再開発自体の要件として掲げるのは相当でない。したがって、原告らの右主張は採用できない。
また、原告らは、都市再開発法は、第一種事業よりさらに要件の厳重な第二種事業を定めているが、実際上第一種事業の形式で実質は第二種事業を実施することが可能であり、同法は、右二種類の事業の区別と要件において法規範性を喪失していると主張する。しかし、第二種事業では、再開発による建築物への入居を希望しない者はもとより、これを希望する者も、すべてその土地所有権等を買収され、再開発による建築物の一部を譲り受けることを希望する者のみが権利変換によって権利床を取得するのであり、その際従前の土地等に存した担保権等は一旦消滅することになるので、担保権者の了解が得られなければ権利変換を受けることも困難となるのである。このように、第二種事業は、この点において、他への転出を希望しなければ当然に権利変換を受け得る第一種事業とは根本的に異なるのであって、このことは、本件において終始一貫して本件事業に反対していた原告株式会社ミツノでさえも、再開発ビルに権利床を得て、これをキーテナントに賃貸して月約九四万円もの家賃を収受していることからも明らかであり、第一種事業の形式で実質的に第二種事業を行うことは到底不可能である。
したがって、原告らの右主張は、その前提を欠き採用できない。
以上によると、都市再開発法は、憲法に違反するものではなく、この点に関する原告らの主張はいずれも採用できない。
2 本件事業自体の違憲性の有無
原告らは、本件事業は、次の第一ないし第三の理由により、憲法一三条、二五条、二九条に違反し、第四ないし第六の理由により、憲法三一条に違反する旨主張する。
すなわち、第一に、本件事業は、多くの地権者に転出と店舗・住居の分割による経済的負担を強制するものである上、商業環境の変更に伴う施策もなく、地域住民の生存基盤を根底から破壊するものである。第二に、本件事業は、特定企業の利益のみを偏頗に優先する不公平なものである。第三に、本件事業は、公共の利益に合致した開発目標の定まっていない無計画なものである。第四に、本件事業は、その計画決定手続において地域住民に対し、虚偽の事実を告知し、又は故意に事実を隠蔽した。第五に、本件事業の遂行過程において、反対者に対する威圧・利益誘導等不当不正な手段が講じられた。第六に、都市再開発に基づく意見書審査手続において、実質的な審査を遂げなかった。
そこで、検討するに、第一に、本件事業は、後記のとおり都市再開発法の要件に合致した適法な事業であり、前記認定の事実関係に照らすと、確かに多くの地権者が転出してはいるが、それについて施行者側の違法な行為があったとは認められず、それぞれが任意に正当な補償を受けてそのような選択をしたものと考えられるから、原告らの主張の第一点はその前提を欠くものといわざるを得ない。第二に、確かに、キーテナントの西部ガス等は、本件再開発ビルの大部分を占有しているものの、それは、前記認定のとおり、多額の費用負担に基づくものであって、この点のみからキーテナントの利益が偏頗に優先されたとはいえないし、他にそのようなことを窺わせるに足る事情も認められない。第三に、本件事業については、昭和五四年に作成された基本計画以後、いくつかの修正や変更が加えられたことは、前記認定のとおりであるが、右基本計画で整備の必要性として挙げられた三点のうち第一及び第二の点(前記一4)は、おおむね本件事業の目的として維持され、それに則した事業が行われたと考えられるところ、右の二点はいずれも公共の利益に合致したものであり、無計画なものでもない。第四に、原告らは、施行者が本件事業に当たり、虚偽の事実を告知したり、事実を隠蔽した旨主張するが、これらの一部については、すでに前記一において説示したとおりであるし、その余の点については、確かに施行者側の述べたことが後に実現しなかった点もあるが、その点も含め、施行者が敢えて虚偽の事実を告知したり、事実を隠蔽したと認めるに足る証拠はない。第五に、原告らは本件事業の遂行過程において、反対者に対する威圧・利益誘導等不当不正な手段が講じられた旨主張し、原告会社代表者の供述中にはこれに副う部分もあるが、右部分のみではこれを認定することはできず、他にこの点を認定するに足る証拠はない。第六に、本件事業計画決定に対する意見書の審査について、行政不服審査法に基づく証拠調べの申立てがされ、市がこれを不必要として行わなかったこと及びその理由については、前記一9で認定したとおりであり、右の証拠調べを行わない理由はいずれも首肯し得るものであって、右意見書の審査手続の違法は認められない。
以上によると、この点に関する原告らの主張はいずれも採用できず、本件事業に憲法に違反する点は認められない。
3 本件事業の都市再開発法違反の有無
前記認定の事実関係に照らすと、本件事業は、都市再開発法三条各号の要件を満たすものと認められ、そうである以上、特段の事情がない限り同法一条の趣旨にも合致するものと認めるべきところ、原告らはこの点について前記本件事業の違憲性において主張したものと同一の主張をしているが、右主張は前記のとおりいずれも採用できず、他に右特段の事情も認められないから、特に同法一条に違反するものとも認められない。
したがって、この点についての原告らの主張も採用できない。
第三結論
以上によると、原告光野の本件事業計画決定の取消しを求める訴えは、同原告に原告適格がないから、不適法として却下することとし、その余の原告らの本件事業計画決定取消請求及び原告らの損害賠償請求は、その前提となる本件事業に違憲、違法な点が見当たらず、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 綱脇和久 藤山雅行 松藤和博)
別紙
原告らの主張
第一都市再開発法自体の違憲性―法令違憲の主張
本件事業の根拠法たる都市再開発法は、日本国憲法三一条、一三条、二九条により要求されている住民合意手続を欠いており、違憲の法律である。以下詳述する。
一 はじめに
いわゆる行政手続の明確化、適正化は現代行政法の主要な課題の一つであり、かつ、諸外国においては統一的な行政手続法典の制定がすすんでいるにもかかわらず、我が国においては未だにその実現をみていないという事情の中で、本件訴訟において行政手続に対する憲法的考察をすすめることは、それ自体極めて重要な意義を有するものである。
ところで近代的な意義における行政手続の中心をなすものは、告知聴聞、記録閲覧、理由付記等を中心とする、いわゆる「適正な手続の法理」であるが、現代における行政手続にあっては、「行政立法や一般処分や行政計画について行政機関側において国民、住民に積極的に意見を求める民主的な参加の手続を確立すること」つまり「国民の能動的関与の法理」が不可欠であるとされている(杉村敏正「行政手続法制定の今日的状況」法時五二巻二号一二頁)。すなわち、行政手続における情報公開、計画策定手続を含む「住民参加の法理」である。
ここでは、これら両側面からの、つまり「適正な手続の法理」及び「住民参加の法理」をあわせ含むものとして「住民合意手続」と呼ぶこととする。
二 都市計画行政における住民合意手続の意義
1 都市計画行政と告知聴聞手続
都市の整備と開発等に関する都市計画行政において、行政手続の一般法理である「適正な手続の法理」に基づく告知聴聞手続が必要であることは、都市計画行政が不動産所有権を初めとする財産権を規制し、又、多くの場合生存権、営業権等と表裏一体をなしている不動産利用権の規制をもたらすものであることから当然のことであろう。
すなわち、不利益処分を受ける個人に対する権利保護を目的とした手続的権利である。
2 都市計画行政と住民参加手続
現代の行政は住民の生活分野に広範かつ多様なかかわりをもつばかりでなく、都市問題、環境問題など、一定の行政決定、とりわけ諸利害の対立、抗争の合理的、合目的調整機能をもつ行政計画による影響が特定の範囲をもった地域に生じ、その地域に居住する多数の者が影響を受け、あるいは、特別なかかわりあいをもつ。このような計画決定過程などにおける利害調整、計画内容の適正化と民主化を計るための一般法理の一つが住民参加である(小高剛「行政手続と参加」現代行政法体系三巻一〇六頁)。
計画行政における行政裁量は個別的処分の場合とは異り、将来の予測と目標を設定して行う公益の創造的活動であることから、法律による明確な基準設定が難かしい。そこでこの決定過程に関係住民等が参加し、裁量統制を実施して政策作成に住民が形成的に関与し得る手続を整備する必要がある。すなわち行政の実現すべき公益は、自明の、既に与えられているものではなく、むしろ手続過程における関係者からの主張などの助けをかりてはじめて構成されるのである。
とりわけ、地域の物理的、社会的価値および都市機能を再生し活用するという社会的機能復帰を目的とする都市再開発にあたっては、地域住民の将来の就業、取引活動その他の社会生活全般にわたって直接に影響を与える計画行政の過程であるから、計画決定過程への住民参加は決定的に重要な意味を持つものである。
住民参加の機能としては、<1>手続形式保障機能<2>情報収集機能<3>説得的機能<4>権利利益保護機能<5>争点整理機能<6>行政の遂行促進機能等多くの機能が指摘されているが、このうち情報収集機能と権利利益保護機能を住民参加の二大機能とみることができよう。
すなわち、住民参加手続は、行政の決定作成過程に参加し、住民としての意見主張、資料、情報を提供して、合理的で妥当な行政決定を確保することを求める手続的権利である(小高、前掲書一〇六~一二一頁)。
三 我国における都市計画法制の歴史と住民合意手続の欠缺
1 都市計画決定に関して我国の法制は明治以来一〇〇年の歴史を有している。その中で法制について三回の改編が行なわれた。しかしそこに一貫して流れている思想は不変であった。それは都市計画決定は行政権力がこれを行うというものであって、都市の担い手としての住民の姿はその法制の中に表れていない。
2(一) 我国の都市計画法として最初に定立されたのは明治二一年の「東京市区改正条例」である。時の政府は国外に近代国家としての日本を誇示するために都市とりわけ首都東京の改造に迫られており、この条例はこの課題を遂行するために勅令をもって制定された。東京市区改正条例二条は「東京市区改正委員会ニオイテ市区改正ノ設計ヲ議定シタルトキハ内務大臣ニ具申スヘシ内務大臣ハ審査ノ上内閣ノ認可ヲ受ケ東京市長ニ付シコレヲ公布セシムベシ」と規定して、都市計画決定の思想を明らかにした。それは決定権限が国家に存するし、その事業の執行は国家の機関としての府知事がこれを行うという「国家高権」の思想である。
この思想を実現するシステムとして設置されたのが「東京市区改正委員会」である。これは内務大臣の監督下にあり首都の設計及び毎年度に実施すべき事業を議定することを任とするものであって、内務省、大蔵省、陸軍省、警視庁、東京府などの高等官や、東京府区部会議員などで構成されていた。
(二) 大正八年、東京市区改正条例は、資本主義の隆盛とともに変貌し始めた都市に対応しきれなくなり、新たに「都市計画法」(以下旧都計法という)が制定された。旧都計法はいくつかの都市計画手法の新設とともに、新たに一条で「本邦ニ於テ都市計画卜称スルハ交通、衛生、保安、防空、経済等ニ関シ永久ニ公共ノ安寧ヲ維持シ又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画」であると定義した。その決定システムとしては三条で「都市計画、都市計画事業ハ都市計画審議会ノ議ヲ経テ主務大臣之ヲ決定シ内閣ノ認可ヲ受クベシ」として市区改正条例と同様のシステムを継承した。審議会は各都道府県毎に置くこととされたが依然とし法制上は国の機関であり、その構成は、都道府県知事が会長として主宰することとなったものの都道府県知事自体が行政官僚であり、メンバーとしても実質的には市区改正委員会のそれが継承されている。
このように旧都計法以前の都市計画は国家がその国家目的のために定立するものであって、手続的にも内容的にも都市住民の要求が入れられる余地はなかった。
(三) 旧都計法は昭和四三年に五〇年ぶりに改正されこれが現行都市計画法となった。この改正は全国的な都市化の時代に適応すべくなされたものであり、同時に都市計画決定の思想とシステムにもいくつかの変革がもたらされた。その一つは「本来、都市計画は、現在及び将来について都市の機能を確保し、発展の動向を定めるものであるから、その策定に当たっては、都市の行政上の単位である地方公共団体の立場が十分に尊重されなければならず、このことは、事業の実施等を通じて都市計画の内容を効果的に実現するという観点からも必要である(建設省都市局都市計画課編『都市計画法解説』九一ページ)として都市計画の決定権者を旧都計法の内務大臣から都道府県知事に変更したことである。また、都市計画決定に際して、その手続の中に「公聴会」(同法一六条)、「都市計画の案の縦覧・意見書の提出」(同法一七条)などの住民参加手続を定めている。さらに、新しい都市計画法下の都市計画審議会は「都道府県に都市計画審議会を置く」(同法七七条)として地方自治体の組織権限に基づく都道府県知事の付属機関として位置づけられることとなった。
(四) このような変革は確かにそれ以前からすれば前進であったが、行政権力による都市計画決定の本質は、いわばその仕組が巧妙になったというだけで少しも変わるところがなかった。
第一に、都市計画決定権者としての都道府県知事は、自治体の首長としての知事ではなく、国の機関としての知事であり、しかもこの知事の行う都市計画決定の圧倒的部分は「建設大臣の認可を受けなければならない」(同法一八条三項)として国のコントロールのもとに置かれる。
第二に、住民参加の点でも「公聴会」は都道府県知事が「必要あると認めるとき」(同法一六条)にのみ開催されるものであり、しかもその公聴会は都市計画当局が公述を「聞きおく」という方式である。実際にも都市計画法に基づき公聴会が開催されることは皆無に近いという実態にある。さらに計画案の縦覧に対し住民が提出する「意見書」も都市計画審議会にその要旨が報告されるだけで何らの拘束力もない。
第三に、都市計画審議会の組織運営は地方自治体の条例に委ねられているが、この条例は内閣で定める政令に従うとされ、その政令(「都市計画審議会の組織及び運営の基準を定める政令」)三条によれば、その委員は「学識経験のあるもの、関係行政機関の職員、市町村の長を代表するもの、都道府県の議会の議員及び市町村の議会の議長を代表する者」とされて、住民代表が外されているなど旧都計法下の都市計画審議会と全く変わらないものとなっている。
このように都市計画決定の権限が都道府県知事に委譲されたこと自体は改良であるとしても、実態としては都市計画作成の主体が国の都市計画当局から都道府県の都市計画当局に移ったのみで、都市計画の基礎に住民を置くという思想ではなく、「国家高権」の思想が都市計画手続の中に一貫しているのである。又、本件被告のように政令指定都市にあっては、法律上県知事がなすべき事項を市長が行いうる分野も少なくなく、市長からの発案を知事が認可する形式がとられていることが多いが、いずれにしても行政庁内部における任務分担にすぎず、住民からの意思により計画案を作るという発想も、その手続も存しないのが現状である。
四 住民合意手続の憲法上の根拠
1 憲法三一条と適正手続
日本国憲法三一条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定する。この規定は、日本国憲法における刑事手続規定の中で総則的規定たる地位を占めるものであるが、その不可欠な内容として、いわゆる「告知、聴聞」あるいは「告知、弁解、防禦」の原則、すなわち人に不利益な処分をする場合には、その者に告知聴聞の機会を与えなければならないという原則を含むものとされている。関税法一一八条第一項を本条に違反するとした最高裁判決(昭和三七年一一月二八日)も「告知、弁解、防禦」が法定手続の不可欠な内容であることも確認している。
ところで、憲法三一条が行政手続にも適用されるかという点については、例えば少年法の定める保護処分としての少年院などへの収容、伝染病患者の隔離や強制入院、精神病患者の保護処分、健康診断、行政調査のための事業所への立入りなど行政処分、行政手続による自由の剥奪も少なくなく、これらの場合にも三一条は適用されるとするのが通説の立場である。
その理由としては、<1>右に挙げたような場合においても刑事手続による場合と同様に人権保障が必要であること<2>三一条はアメリカ憲法の系譜の下にある規定であるが、その背景ないしは根底にある「適正手続」の思想は、アメリカにおいては当然に行政手続にも及ぶとされていること<3>現代国家における行政権の拡大強化の傾向はわが国にも顕著であることにかんがみれば、行政手続を三一条の範囲外に置くのでは人権保障の重要な部分が失われることなどが挙げられている(佐藤功「全訂新版日本国憲法」一八二頁~一八五頁)。
2 幸福追求権と住民合意手続―憲法一三条論
日本国憲法一三条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定している。
本条は近代人権思想の心髄たる個人の尊重の原理をまず確認するとともに、その原理の基礎の上に「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が保障されること、しかも該「権利」が「公共の福祉」に反しない限り、立法その他国政の上で最大の尊重を受けるべきことを表明するものである。
「幸福追求権」はそれ自体としては抽象的でいろいろな意味を読みこんで理解できるものであるが、国民が公権力とかかわり合いをもつ機会が増大するという社会状況の中で、主として個人の私的生活の保護の必要性の認識との関連で「幸福追求権」が新たな視野の下で捉えられるようになり、最高裁判所も昭和四四年、「憲法一三条は……国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる」といい、そのような「自由」の一つとして、それを「肖像権」と呼ぶかどうかは別として、何人も「その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態……を撮影されない自由」を有すると判示している(最大判昭四四・一二・二四刑集二三巻一二号一六二五頁)。
また、今日における有力な憲法学説は、幸福追求権を人格的利益を内容とする包括的権利としてとらえるとともに、その対象に応じて具体的内容を類型化し、<1>身体の自由(生命を含む)、<2>精神活動の自由、<3>経済活動の自由、<4>人格価値そのものにまつわる権利、<5>人格的自律権(自己決定権)、<6>適正な手続的処遇を受ける権利、<7>参政権的権利などに整理している(樋口陽一、佐藤幸治、中村睦男、浦部法穂「注釈日本国憲法上巻二八六頁)。
3 こうして、従前の通説的理解としては前述した如く、憲法三一条の行政手続への適用として議論されていた「適正手続」が、今日においては、憲法一三条に基づく「適正な手続的処遇を受ける権利」として位置づけられつつある。
行政手続の適正性の要請の根拠を一三条に求めるにせよ、あるいは通説的理解のように三一条に求めるにせよ、それでは、どのような行政活動にどのような手続的保証がなされるべきだということになるのか。
(一) 現行法上、行政処分により権利、自由を制限したり、不利益を課したりする場合において、告知聴聞、公聴会等を要求している例が少なくない。建築基準法九条が、行政庁が違法建築物の所有者等に対してその工事施行の停止、当該建築物の除却、移転、改築、使用禁止等の措置を命ずる場合には、あらかじめ相手方に対しその措置及びその事由を記載した通知書を交付し、その通知書の交付を受けた者は行政庁に対し公開の聴聞を行うことを請求することができると定めているのは、その典型例であるが(その他にも道路交通法一〇四条、医師法七条等)、しかし、法律でこの種の手続が定められず、あるいは不十分な手続しか定められていないというような場合、憲法上どのような手続的保証が要請されることになるのかが、最も重要な問題であろう。
この点、判例が少なくとも何らかの形で事前手続が法定されている場合、このような手続のあり方について、法律の明文が定めている以上に詳細な要求をする傾向をしばしば見せている点は注目すべき点である。いわゆる個人タクシー事件に関する第一審判決(東京地判昭三八・九・一八行集一四巻九号一六六六頁)は、憲法一三条、三一条は「国民の権利、自由が実体的のみならず手続的にも尊重さるべきことを要請する趣旨を含む」と述べ、最高裁判所の判決(最判昭四六・一〇・二八民集二五巻七号一〇三七頁)も、「道路運送法においては、個人タクシー事業の免許申請の許否を決する手続について、同法一二二条の二の聴聞の規定のほか、とくに、審査、判定の手続、方法等に関する明文規定は存しない」が、本件が個人の職業選択の自由にかかわるものであり、行政庁としては「事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもともと認められるような不公正な手続をとってはならないものと解せられる」と述べ、同法六条は「抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用する上で必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によって免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によって免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである」としている。この判決は行政庁側が上告をなしたものであることもあって、直接憲法論にふみこんで判断したものではないが、「公正な手続」の観点を前面に打ち出している点で注目すべきものをもっている。
またいわゆる群馬中央バス事件に関する第一審判決(東京地判昭三八・一二・二五行集一四巻一二号二二五五頁)は、憲法一三条、三一条の趣旨から「国民の権利、自由は実体的にのみならず、手続的にも尊重されなければならない」という立場から、原告は適正な手続により処分を受くべき権利を侵害されたとして却下処分を取り消し、第二審判決(東京高判昭四二・七・二五行集一八巻七号一〇一四頁)は第一審判決の見解は立法論にすぎないとし、原判決を取り消し免許却下処分を適法としたが、この上告審判決(最判昭五〇・五・二九民集二九巻五号六六二頁、判時七七九号二一頁)は、上告を棄却しつつも、法律が運輸大臣の免許許否処分に当たっては運輸審議会に諮問し、その決定を尊重すべしとしているのは「当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期している」ためであり、また、同審議会の客観性のある適正かつ公正な決定のために公聴会審理を要求している趣旨によれば、「その内容においてこれらの関係者に対し、決定の基礎となる諸事項に関する諸般の証拠その他の資料と意見を十分に提出してこれを審議会の決定(答申)に反映させることを実質的に可能ならしめるようなものでなければならないと解すべきである」と述べている点が注目される。
本判決は、なお憲法論に立ち入らずに処理されているが、先の個人タクシー事件判決の場合と同様「公正な手続」への視点が維持されている点は注目されるべきである。
(二) ところで、個人に対して不利益処分を課すという場合における「適正な手続的処遇を受ける権利」にあっては、事実認定に万全を期し、個人の利害にかかわる法規を正しく適用する上で手続的保障が不可欠であるという意味合いが強い。それは個人の主観的権利ないし実体的利益の保護との関係での手続的保障であって、その意味で防禦的・消極的なものともいえるし、手段的なものともいえよう。
しかし「適正な手続的処遇を受ける権利」が「個人の尊重」原理と結びつくものであるとすれば、そのような手段的契機だけでなく、事柄を決める場合に関係者の意向を確かめそれを尊重するという契機、そのような能動的参加の中で物事を決めるという契機が本来備わっていなければならない。そしてここに「関係者」という場合の「関係」を、単純に私的権利ないし利益状況というよりも、公共的側面にもかかわるふくらみをもったものとして理解するならば、「適正な手続的処遇を受ける権利」は究極的には参政権的権利へと展開する要素を胎胚せしめているということができる。
行政手続の基本原理として、「適正な手続の法理」のほか、「国民の能動的関与の法理」があるといわれ、この「国民の能動的関与の法理」は住民参加の法理と軸を一にするとされるのも右のような趣旨において理解され得るものである(樋口他、前掲書三〇六~三一二頁)。
4 財産権保障と適正手続論―憲法二九条論
近時の憲法学説は、違憲審査基準に関連して財産権保障を相対的なものと位置づけてきた従前の理論に批判を加え、財産権保障の現代的意義を主張している(棟居快行「財産権保障の現代的意義」ジュリスト八八四号「憲法と憲法原理」特集号二一九~二二七頁)。
右によれば現代における財産権保障を<1>自由の前提形成機能(自由の物理的前提として必要不可欠の財産所有の保障として自由権の実効性確保の機能を有し、さらに自由権と生存権とを媒介ないし統合する機能)<2>成果保障機能(表現の自由や営業の自由、さらには生存権を国民が行使した結果、そこから得られた何らかの成果を保障する機能)の二側面から位置づけるのみならず、さらにすすんで<3>「行政手続参加権」創出機能を指摘している。
すなわち、近時の計画行政の展開に際して、法律による行政のコントロールの限界が指摘され、法治行政の機能低下に伴う行政の正当性喪失症状に対処するものとして、行政過程に固有の正当性を調達するための利害関係人の行政手続参加が必要である。この行政手続参加を「手続的自由権」とし、憲法上の根拠としては財産権の行使としてとらえるのが最適であるという。
その理由としては、第一に、同権利は使用価値の保障と交換価値の保障を含むが故に、前者が手続参加権という手続的権利に転化してしまっても、参加手続の結果に不服があれば少なくとも交換価値の保障を事後の司法手続による「権利保護」で享受することができる、という意味で、手続参加権の母体に最も適している。第二に生存権保障の下で現代では「小さな財産」なら誰でも持っており、そこから簡単に多数人の参加権を引き出すことができる。第三に財産権概念を拡張し、公法上の既得権的地位さらには環境権的利益のような生活利益までも含めることも、解釈操作として不可能ではないという柔軟性を備えている。第四として、そもそも計画行政の多くは現状の生活秩序の整序ないし変動を目的とするものであるところ、このような生活秩序の「声」をそのまま行政に反映させるためには、拡張された財産権概念を基準にするのが良い。
こうして、憲法二九条における財産権保障の現代的意義を「自由と所有と参加」としてとらえ、その中に行政手続参加権を根拠づける学説も主張されているところである。
五 市街地再開発事業法制における住民合意手続の欠缺
1 都市計画決定段階における住民合意手続の欠缺
(一) 市街地再開発事業における手続上の特質としては、第一に再開発事業の「計画性」があげられている。
市街地再開発事業は、<1>都市再開発法二条の三第一項によって定められる「都市再開発方針」<2>建設省通達によって定められる「都市再開発に関する基本構想」<3>都市計画法に基づく都市計画などに従って、計画実施される。
つまり法律上の建前としては、長期的な展望に基づいた計画的な街づくりが期待されているのである。
しかし市街地再開発事業が長期的な展望に基づいた「計画性」を重大な特色としているものであるとすれば、前述の都市再開発方針や基本構想、再開発計画の策定に、その対象となる地区の住民がどのようにかかわることができるのかが問われなければならない。
しかし、現行の都市再開発法においては、長期計画の策定は、すべて公共団体の作業とされ、ここに住民が主体的に参加する機会は予定されていない。
ちなみに、昭和五五年法改正時に建設省は、「都市再開発方針を定めるに当たっては、公聴会の開催はもちろんのこと広報、説明会等の活用等により該当地区住民の意向が反映されるように努める」よう通達を出している(昭和五六年四月一日建設省都再発第三五号住街発第一八号)。
しかし広報や説明会は、いずれも住民に対する一方的な発表にすぎず、計画を住民に知らせることはできても、住民の意見を求めるものではない。公聴会は、住民の意見を求めるものではあるが、現実の公聴会の運営にあっては、提示された計画について、賛成者、反対者が一方的に意見を述べるだけであって、意見の交換、フィードバックをすることによって争点を煮詰めながら、計画の策定に地域住民が参加していくシステムとしては機能していないものである。
(二) 市街地再開発事業にかかる都市計画の決定段階における住民参加手続はどのように保障されているだろうか。
都市計画決定がなされれば、建築制限や先行買収が始まり、もはや後戻りができないスタートを切るという意味で都市計画決定は事業の進行にとってきわめて重要な意味を有している。
市街地再開発事業の都市計画決定に際しては、市街地再開発事業の要件でもある高度利用地区の市街地再開発事業の施行区域の指定等につき都市計画決定がなされるが、その際都道府県知事は、必要があるときは公聴会、説明会を開き、計画案を住民に縦覧する。この縦覧は二週間行われるが、その際に関係住民は計画案に対し意見書を提出できる。また、知事は関係市町村の意見を聴取したり、都市計画地方審議会の議決を受けることになっている。
ところで、右の如く都市計画を定めるについて、住民が積極的に関与し得る機会は、意見書を提出することだけである。公聴会や説明会は必要のあるときだけ開催すればよいとされており、開催が義務づけられていない。
計画案の縦覧といっても市役所か出張所の一室に置かれるだけであって、地元住民はいつ縦覧があったのかさえわからないままに縦覧が終了していることすら少なくない。もちろん都道府県の発行する公報に計画案が縦覧されていることが掲載されるが、そのような公報を見る住民は皆無に等しかろう。
また、意見書は計画案が縦覧されている二週間の間に限って提出できるものであり、また提出された意見書は、その要旨が都市計画地方審議会に提出されるにすぎない。
(三) 都市計画地方審議会の運営等にも極めて問題が多い。
本来審議会制度は行政の民主化、専門家の専門的知識や判断の反映を行う制度として重要な機能を果たし得る制度である。しかし委員構成と選任方法に見直しを求める声は各方面から指摘されているし、なによりも運営の原則として審議の公開制は審議会制度全体の一般原則として確立されるべきであろう。また、議事録作成と議事録閲覧の自由、審議結果の公表の徹底など直ちに改善さるべき点が多々あるのが現状である。
2 市街地再開発事業の事業計画の決定段階における住民参加手続はどのように保障されているだろうか。
(一) 都市計画決定を受けて、施行者は再開発事業の具体化を進める。どのような公共施設をつくり、どのような建物を立てるのか、その基本設計を作る。再開発すべき地区の範囲を確定させる。再開発に要する費用、その費用の調達方法などの資金計画も策定する。このような再開発事業の根幹を定めるのが事業計画決定である。
事業計画が決定されると地元住民は再開発事業後、施行地区から転出するか、施行地区に残り再開発ビルに入居するかを決めなければならない。その決定をするのに与えられる時間は事業計画決定等の公告の日からわずか三〇日である。
地元住民にとっての死活問題である事業計画を決定するにつき住民の参加はどのように保障されているだろうか。
組合施行の場合にあっては、事業計画を定め、組合を設立するのに、地権者の人数と施行面積の両方について三分の二以上の同意が必要であるが、公共団体施行の場合は、地元住民の同意は要件とされていない。極端な場合、地元住民が全員反対していても事業計画の決定を行うことができるのである。
(二) 施行者である公共団体が事業計画を決定する場合の手続は<1>事業計画案の縦覧(二週間)<2>意見書の提出(縦覧期間満了日から二週間)<3>設計の概要に対する知事の認可<4>事業計画の決定と進む。
施行地区・設計の概要・資金計画・事業の施行期間を定めた事業計画案は、二週間縦覧され、地元住民はこの計画案に対して意見書を提出できる。施行者は提出された意見書を審査し、その意見を採択するときは事業計画を修正する。法律上は、このように計画案の縦覧と意見書の提出が準備されている。しかしながら、意見書の提出と審査といっても、これも提出期間が二週間しかないため地元住民が意見をまとめることもむずかしく、また、その審査は一応行政不服審査手続が準用されることになっているが、審査官は施行者自身が任命する職員であり、自ら決めて自ら裁くというような制度では到底公正な審査が望めないことは自明であろう。したがって、現実に意見書に基づいて事業計画案が修正されることはほとんどないのが実情である。
このように法律が準備している制度は極めて不十分で、地元住民と施行者とのフィードバック機能はまったく存しないといってよい。
(三) ここで根本的な問題は、事業計画案自体の策定手続のなかに地元住民が参加するシステムが全く用意されていないことである。現在あるシステムは公共団体である施行者が事業計画案をつくり、これを地元住民に説明して了解を求める手続にすぎない。
都市再開発法は、関係権利者に再開発事業の概要を周知させるための必要な措置を講ずるよう求めている(法六七条)が、これは決定された事業計画の周知にすぎない。通達によっても決定された事業計画を周知させるため、必要に応じて説明会を随時開催するとともに、事業の内容を説明した図書の配布、掲示等を行うものとしているのみである(昭和四四年一二月二三日建設省都再発第八八号)。
3 土地区画整理事業法制との比較―立法裁量の逸脱
(一) 土地区画整理事業は、公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るために、土地区画整理法に定めるところに従って、都市計画区域内の土地について、区画刑質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業をいう(区画法二条一号)。
この事業は、都市の周辺部での新たな宅地の造成供給のために大いに活用されているが、都市の既成市街地においても、駅前土地区画整理に代表されるように相当の面積で実施され、都市再開発に大きな役割を果たしている。
土地区画整理事業の施行者になり得るのは、宅地について所有権又は借地権を有する者(個人施行者)、土地区画整理法により認められた特別の公法人である土地区画整理組合、地方公共団体、行政庁、公団等である(同法三条~三条の四)。
そして個人施行者及び土地区画整理組合の場合を除いては、この事業は都市計画事業として施行される(同法三条の五)。
この事業の特色は、「換地処分」すなわち土地の強制的交換分合という手法を用いることである。
土地区画整理事業の施行により、公共施設が整備改善されるなどして宅地所有者等の宅地について「減歩」が行われるが、減歩価値を上まわる宅地利用後の増進によって、宅地所有者等の利益は確保されるという仕組みになっている。さらに減歩によって生み出された一定の土地(保留地)を事業費に充てるために第三者に対して処分することも認められている(同法九六条一〇八条)。
(二) 土地区画整理事業と市街地再開発事業は、ともに都市計画法における「市街地開発事業」として位置づけられている(都計法第一二条)ことからも明らかなように、その目的や手法は極めて近似している。一般に土地区画整理事業の「換地処分」に対し、市街地再開発事業が「立体換地」と呼ばれている所以でもある。
そこで従来から都市再開発の手段として最も多用されてきた土地区画整理事業と市街地再開発事業を比較検討してみることは、都市再開発法の違憲性を検討する上でも重要である。
(三) 土地区画整理事業におけるいわゆる「換地処分」の手法は、道路等の公共施設を住民の負担で生み出すため「減歩」を伴うことを初め多くの問題を含んでいるが、それでも従前の宅地と換地される宅地との間においては、「位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように定めなければならない」と、いわゆる「照応の原則」が法律上明確に規定されており(同法八九条)、法律上は換地後もほぼ従前どおりの生活や営業を維持継続し得ることを前提としている。そして現に、照応の原則に照らしての換地処分の結果、土地区画整理事業においてはいわゆる公共施設のための「減歩」に対する強い批判はあるものの「住民追い出し」等の意見はあまり出されていないし、現に「転出率」が云々されることもほとんどない。
この点で市街地再開発事業には決定的な違いがある。市街地再開発事業では、従前の土地や建物に対する権利が償却物件たる「ビル床」におきかえられ、その権利変換に際しては「ビル床」との「価額の照応」や他の権利者との均衡が考慮されるにすぎず、従前家屋の利用状況等との照応は確保しえない。ビル床の価格も施行者により決められ、高層ビル化するため通常従前の評価額に比べても高価額が予定され、床面積における等床性も全く保障されない。
(四) それのみか、市街地再開発事業は右の如く土地区画整理事業と比べても極めて重大な権利侵害を伴う手法であるにもかかわらず、住民合意手続に関しては逆に、土地区画整理事業に比べても決定的に不十分なものとなっている。例えば、権利変換計画等を審議する「市街地再開発審査会」は施行者である市長みずからが任命する審査委員だけで構成されている。これは土地区画整理事業にあって換地計画等を審議する「土地区画整理審議会」の審議委員が、その全員又は五分の四以上を地元権利者による選挙によって選出することになっていることの一例を比較するだけでも明らかであろう。
(五) 以上見たように、同様の都市再開発手法でありながら、しかもより一層ドラスティックで権利侵害の度合いが強い市街地再開発事業において、土地区画整理事業法制が有している住民合意手続すら欠いていることは、たとえ住民合意手続に関する立法裁量を考慮するとしても、裁量を大きく逸脱したものといわざるを得まい。
六 市街地再開発事業の実施状況と「住民転出」の実態
1 最近、社団法人全国市街地再開発協会により出版された「日本の都市再開発―市街地再開発事業の全記録」第一集および第二集によれば、都市再開発法に基づき実施された市街地再開発事業において、昭和六〇年四月末日までに事業が完了した地区は、全国で一二九地区であり、その内訳は、地方公共団体施行が四三地区(全体の三三・三%)一〇一・一六ヘクタール(全体の六四・四%)であり、その他、組合施行五五地区四五・七一ヘクタール、公団等施行四地区三・三二ヘクタール、個人施行二七地区六・九八ヘクタール、合計一二九地区一五七・一七ヘクタールとなっている。
右資料によって都市再開発法により全国的に実施されている市街地再開発事業の全貌と施行後の実態を把握することが可能となったが、右資料の分析の結果、市街地再開発事業においては、地元住民の地区外「転出率」が極めて高いことが明白な統計数字により浮き彫りとなった(坂和章平・中井康之・岡村泰郎「岐路に立つ都市再開発」一四七~一五一頁)。
右著者らの分析によれば、転出状況は、次のとおりである。転出者の全事業の平均割合をみると、個人施行では二一・六%、組合施行では三三・四%であるが、公共団体施行では、五九・〇%と半数以上が転出していることが注目されるのである。
権利種別の転出者の割合をみると、個人施行では、土地所有者の一八・八%、借地権者の一六・七%が転出しているのに比べ、借家権者は他の二倍を超す三八・五%が転出している。
また組合施行では、土地所有者の二一・四%、借地権者の三四・七%が転出しているのに比べ、借家権者は実に五七・八%が転出している。このように借家権者の転出率がきわめて高いことは注目しなければなるまい。
2 ところで公共団体施行においても借家権者の六六・二%が転出しており、やはり借家権者の転出率は極めて高いものがあるが、土地所有権者もその五五・七%が、借地権者もその五一・八%が転出しており、権利種別を問わず転出者が多くいずれも過半数を超えているのが極めて特徴的である。
公共団体施行における転出率の高さは、個人施行は全員の同意により、また組合施行においても三分の二以上の同意を組合設立の要件としているのに反し、このような住民の同意要件を有していないこと、それにかわり住民の多数意思を反映し得るような住民参加手続をも欠いていること、つまり住民の意思に反してでも事業を実施し得る仕組みになっていることとも大きな関連があると見ざるを得ない。
3 それにしても従前の生活、営業を「継続」し得ることを最大の特色にしているはずの市街地再開発事業において、何故にかような高い転出率が示されているのであろうか。市街地再開発事業自体に起因する客観的原因をも分析することが重要であろう。坂和らは前掲書一九〇~一九八頁において権利種別の客観要因を詳細に分析している。
(一) まず転出率の高い借家人の場合、都市再開発法では、借家人の賃借権を次のようなかたちで保障している。
<1>借家人の居住する建物の所有者(家主)が再開発ビルの床を取得する場合は、借家人は家主の取得する新しい床を法律上当然に借りることができる。<2>建物所有者たる家主が補償金をもらって地区外に転出した場合、借家人は施行者の取得する再開発ビルの床を法律上当然に賃借することができる。
このように、借家人の地位は法律上その継続が保障されている。しかし従前の建物から再開発ビルの床へ賃借権の継続が保障されたからといっても、実際に、借家人が再開発ビルへ入居することが可能か否かは別問題である。借家人の転出率の平均が六〇%にせまる最大の理由は、賃借条件の変更、端的にいえば、家賃の値上げである。
公共団体施行の再開発事業が実施される地区は、一般に、公共施設が不足し、耐火建築物の少ない、昔ながらの低層木造住宅の密集するところである。そのような低層木造住宅に住む借家人の経済状況は、多くは一DKか二DKの狭い借家に、低廉な家賃で住み、食べていくのが精一杯といった人たちが多い。そのような人たちのなかに、現在以上の家賃を支払う能力のある者がどれだけいるだろうか。その人たちにとって、再開発ビルに賃借人として引き続き入居できると形式的な権利を法律的に保障してもらっても、家賃が上がるのであれば再開発ビルの入居は事実上不可能な場合が少なくないであろう。しかもその家賃の値上げは数倍から一〇数倍になることもまれではないのである。
建物所有者が再開発ビルに入り、そのまま家主となって借家契約を継続し得る場合の借家条件は、家主と借家人が協議して定めるものとされている(再一〇二条)。またその協議が整わないときは、施行者が借家条件を裁定し、その裁定に不服のあるときは裁判所が決めるというシステムとなっている。この場合の家賃の額は、「賃貸人の受けるべき適正な利潤」を基準にするとされており、結局、賃借の対象となる建物、つまり再開発ビル床の時価を基準として定められることになる。施行者が家主となる場合も問題は共通である。したがって最大の問題は都市再開発法は、従前の建物の借家権を再開発ビルの借家権に継続させることを承認しながら、家賃については継続を考えずに、新規の賃料を定めるのと同じ考え方をとっていることである。
そんな制度によっては従前の生活と営業を継続し得ないことは明らかであろう。
(二) 次に零細業者(商売人)の場合はどうであろうか。
低層木造住宅街の路地には、そこに生活する人々の日用品、食料品を供給する小規模の店が並んでいる。これら低層木造住宅の住民を相手にしていた商売を、再開発ビルにおいて継続できるだろうか。再開発によって、敷地は整備され、高層の建物が建築される。再開発ビルでの商売は低層木造住宅の並ぶ街の商売と質的に異なることは明白である。したがって、業種、業態の変更は避けられない。
しかも、再開発ビルでの商売は、キーテナントの集客力に期待しながらも、キーテナントと競争して「共存」しなければならず、そのために必要な店舗新装の事業資金や当面の運転資金等を用意しなければならない。また、水道、光熱費、固定資産税、ビル管理費など、再開発ビルの共益費を始め従前の経費とは比較にならない高額の諸経費が必要となる。このような問題を克服できる零細な商売人が、どれだけいるだろうか。
確かに、法律の形式的な建前としては、従前の権利者は再開発ビルに入居でき、転出を「強制」されないとしても、その実体的で客観的な内容は、零細な商売人に対し、転出を「強制」することは自明であろう。
(三) 土地の所有者も、平均するとその四二・七%が転出している。土地所有者までが、このような高い割合で転出する理由は何であろうか。それは、等価交換の中身に問題があるためである。
権利変換は、従前の資産と再開発ビルの床を「等価」で交換する。したがって従前権利者には何ら不利益はないとするのが法の建前である。しかし、果たしてそのようにいえるのか。
従前の土地、建物は密集した低層木造住宅のなかにあり、その財産価値、とりわけ土地の交換価値(処分価額)は、その土地の当該都市における立地条件に照らして想定され得る時価に比べて相対的に低いかもしれないが、あくまで自分の土地、建物として自由な利用と自由な処分が許されているものである。
これに対し、権利変換を受けた再開発ビルの床はどうであろうか。住宅床を商業床や事務所床に変えることは不可能であるし、商業床や事務所床を住宅床に変えることも不可能である。商業床を事務所床に変えたりすることは物理的に可能かもしれないが、ビル全体の利用方法に照らして、相当の困難を伴うであろう。使用目的の変更のみならず再開発ビルの利用方法は事実上キーテナントの営業を中心に考えられざるを得ず、権利者にとっては従前においては考えられなかった制約が多いものとなろう。
しかも再開発ビルの床は償却資産でしかない。再開発ビルがスラム化したとき、土地の共有持分などその床に付着した土地の権利は顕在化しにくい。再開発ビルの床の利用の幅が狭い結果としてビル床の処分にも困難を伴うこととなる。
また、維持・管理費用が従前に比べて著しく増加することは前述したとおりである。したがって、単に取引価額において「等価」の財産であっても、そのランニングコストが高ければ、それを維持する展望をもち得ず、そのような等価交換を望めないことも十分にあり得るところである。土地所有者の転出率が平均して四二・七%にものぼることも十分理解できるものである。
4 以上のような、実体的な問題に加えて、権利変換手続自体に内在する問題点も指摘されねばならない。
最大の問題は、従前の権利者は、再開発ビルに入居した場合、自分の生活や営業がどのように変化するのかを十分に予測できないままに、権利変換を受けるか転出をするかを決めなければならないという点にある。
すなわち、従前の権利者は事業計画決定等の公告の日から三〇日が経過するまでに、転出か残留かを決めなければならない。しかし、その段階では、事業計画や再開発ビルの概要を知り得るものの、通常、施行者が説明し公表する情報は、極めて微々たるものにすぎず、自己の有する資産の価額と将来取得し得る床の価額、その面積や位置、商業床の配置やキーテナントをはじめとする他のテナントの状況、さらには、再開発ビルの床を取得した場合の管理費、固定資産税などのランニングコストなど、転出か残留かを決めるために必要不可欠な情報すら従前権利者にはほとんど知らされていないのである。法制度上もそのような情報提供は義務づけられていない。
それのみか、借家条件、再開発ビル床の価額などは、法制度上、権利変換処分の段階に至っても、確定せず、保留床の利用方法、再開発ビルのランニングコストなどは再開発ビルに入居して生活や営業を始めるまで分らないという例すら少なくない。
このように、一方で再開発ビルにおいて自らの生活や営業を継続できるか否かの判断材料に関する情報の提供が、手続的に極めて不十分であり、それに比べれば、額として提示されるという意味では、明確に理解し得る金銭補償の道の選択を余儀なくし転出率を高くする重大な一因となっているのである(坂和他、前掲書一九〇~一九八頁)。いずれにしても、権利者の転出を実体的にも手続的にも自由な意思に基づく「選択」や、自己の希望に基づくものとしてとらえることは到底できないことは明らかであろう。
5 都市再開発によって制約され侵害される基本的人権の主要な内容が憲法二九条の保障する「財産権」であることはいうまでもない。憲法二九条が保障する「財産権」もその享有主体の社会的、経済的地位、状態によってさまざまな意味をもちうる。大企業や富豪の保有する土地、建物の所有権と本件原告らのような無産者や中小零細業者らが、唯一の生存の拠点としているような土地建物の所有権とではその性質、内容を全く異にする。
被告福岡市が以前に行った渡辺通再開発の結末は次のとおりである。「従前の渡辺通一丁目地区の住民、とりわけ商業者を中心とする地域社会の諸関係は急激に崩壊してしまったことである。本節のはじめの部分で調査対象者名簿を確定することさえ困難であったこと、調査してみて行方不明を含む権利者の分解状況が進んでいることを述べておいた。従前の地域諸関係が維持されてはじめて成り立っていた生業的な経営が、再開発によって崩壊したことは明らかであり、零細な営業者によって地域社会の相互協力・依存関係が重要であることが改めて見直されたことである。
調査対象として捕えられなかった従前の権利者の状況はかなり困難なものとなっていることが推測される。従前の権利者がたとえ零細であっても、従来の地域社会関係に包み込み、支え合って再開発事業に対応することがとりわけ重要なことである。ここでとりあげた事例をもっていきなり一般化することは困難だとしても、多くの再開発事例にみられるように、権利者の域外移転が多いことからみれば、再開発事業によって、中小商業者の分解が一挙に進むことは明らかである。その結果は弱小業者の切り捨てである。」(蔦川正義「市街地再開発事業と権利者の動向」甲六号証、市街地再開発と住民一七五頁)。
言葉では「転出」という一語で済まされてはいるが、「転出」がもたらしている従前権利者に対する重大な権利侵害と地域コミュニティ破壊の実体を直視しなければならない。
七 不可欠な住民合意手続についての憲法基準の明確化
1 都市計画行政における住民合意手続の必要性とその憲法上の根拠は前述したとおりである。とりわけドラスティックな開発手法である市街地再開発事業においては、それが不可欠なものであるにもかかわらず、その欠缺の状態は極めて重大であることも既に見たとおりである。本件における違憲審査は、市街地再開発事業を実施するに当たり、憲法上要求される最低基準の住民合意手続は何んであるかを明確にするものとなろう。
2 原告らは公共団体施行の市街地再開発事業にあっては、憲法一三条より導かれる憲法上の基準として、少なくとも次の如き住民参加手続がとられるべきであると主張するものである。
(一) 第一は、計画の策定から事業の実施に至るまで、再開発事業に関する情報をすべて公開すべきである。
現行制度における情報提供は都市計画決定の際の計画案の縦覧、事業計画決定の際の事業計画案の縦覧、その前後の地元説明会という程度である。縦覧や説明会といっても、その情報量は、極めて微々たるものである。しかも、縦覧されているということ自体、公共団体の発行する公報によって知らされるだけである。
ところで通常の場合、一方で、地域住民にもたらされる情報提供が極めて少ない中で、他方で、地元有力者に対し個別に了解をとりつけるなどの作業が施行者により続けられる。相当のエネルギーがさかれる個別説得においても事業計画や法的手続の概要と補償の方式が示されるにすぎず、地元住民にとって最も知りたい再開発後の自分たちの生活の展望を考えるための明確な情報が極めて乏しい。
本件において明らかとなった基本計画の調査報告書(乙二二号証の一、二、乙二三号証の一、二)やB調査報告書(乙二号証)など、都市計画決定に至った調査検討の内容や事業計画の内容の適否を検討する最も基礎的な資料すら住民には全く公表されておらず、本件訴訟において始めて明らかにされたものである。
このような情報が事前に公表されることなくしては、地元権利者としては、一般的、抽象的に再開発事業の実施に賛成か反対かということすら本来決められないものであって、ましてや市街地再開発事業の計画内容を住民自身が参加して決定していくことなど到底不可能である。
(二) 第二は、施行者は当該再開発事業に関する計画アセスメントを実施すべきである。つまり施行者は再開発事業による社会環境、経済環境等の影響を調査、予測して、その結果を公表し、これに対する住民の意見を聴取し、これをさらに事業計画に反映、フィードバックさせていく制度を整備することである。
そこには、単に建物の構造、配置等についての情報だけではなく、公共施設からのアクセス方法に関する時報、人の流れ、キーテナント、業種配置、売り上げ予測、経費予測に関する情報、さらには、現在予定されている具体案と代替案との比較検討の結果などが盛り込まれるべきであろう。
また、開発事業に利害関係を有するすべての住民には、この公開された情報に対し意見を述べ、修正案を提出する機会を与えられ、そして施行者は住民から提出された意見、提案を公開するとともに、個別的に検討して、その検討結果を住民に回答すべきである。
(三) 第三に、都市計画決定の手続に関与する審議会が利害調整機能や利害関係人の意見を反映させる機能を果たし得るよう委員構成及び審議会運営における住民の参加を実現すべきである。
右審議会は事業計画案決定においても機能すべきである。審議会は答申前に公聴会を開催しなければならず、公聴会は十分争点を明確にし、その結果が審議会の審議に実質的に反映し得るよう運営されるべきである。
(四) 第四に、事業計画の決定及び権利変換計画の決定等に際しては、事業計画案の縦覧前に既に権利を喪失して事業手続から離脱した者を除く全権利者の選挙によって選ばれる委員を主たる構成員とし若干名の専門委員を加えた再開発審議会を組織し、前記決定を始めとする重要事項につき同意権及び意見具申権を付与すべきである。再開発審議会の選挙方法議決事項等は土地区画整理審議会に準じて定めるが、審議会は少なくとも権利者に対しては原則として公開すべきである。
3 公共性を担保する住民合意手続
前述の如く住民参加にかかる憲法上の基準が明解化されるならば、単に都市計画行政が適正化、民主化されるのみならず、同時にまた、都市計画行政における実質的公共性を創造していくものともなる。
(一) そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。民主主義の政治においては、いうまでもなく、行政はすべて主権者たる国民に奉仕するものであり、その利益のため展開されるものでなければならない。自らの活動が国民の利益にあることを絶えず証明していかなければ、民主主義国家の行政としての正統性を獲得することもできないであろう。したがって「行政の公共性」とは、少なくとも憲法原理的には、行政が、国政レベルにあっては国民の、地方行政レベルにあっては住民の利益になるよう活動することと定義できる。
ところが、「国民」が様々な階層、集団組織等に分化し、それらの内外を問わず雑多な利害、利益が輻輳し流動している現代社会においては、どの階層、集団、組織等にも妥当する公益が存在する余地は極めて少ない。そこで、現実には、異質的諸価値の統合過程たる政治過程を支配しているか、十分な影響力を有する階層、集団、組織等が「公共的である」と判断した―例えば、国会や地方議会で多数派が議決した―事項に独占性や排他性が付与されて、「公共性」の具体的内容とされる。こうして定められた公共事務の大部分は、国家レベルでは法律、地方レベルでは条例という形式で、行政過程を通して実施される。この意味で、行政活動は、法的にはすべて公共性の実現、公益あるいは公共の福祉の達成という形式で行われている。つまり、行政は、法律や条例をその意図するところに従って忠実に執行するときに公共性を有するとみなされる。つまり「行政の法律適合性の原則」は行政の公共性の第一条件なのである。
(二) しかしながら、「法律適合性の原則」は必要条件ではあっても十分条件ではない。なぜなら、民主主義国家における行政責任は、国民または住民という本人が、行政という代理人に、公共的であるとされた任務を、本人が承認した規準に従って達成させる過程において発生し、本人が任務遂行の結果を是認したときには行政が問責されないという構造を持つものであるのに、行政国家においては、本来代理人であるはずの行政が自らの任務や任務遂行の規準を作り出す行政裁量の機会と範囲が大幅に増加するからである。こうした行政裁量の領域においては、単に法適合性をもって行政が公共性を有するとは言い切れない場合が非常に多くなる。都市再開発法が定める第二種事業や公共団体施行による第一種事業の場合、その実施要件となる高度利用地区の指定、土地利用の不健全性及び高度利用による都市機能更新への貢献度の認定等はすべて行政庁の裁量に委ねられているのである。それ故、行政裁量が「公共性」を有するための条件は法適合性以外にも求められねばならない。
この条件を考えるには、民主主義的政治制度における行政責任の原点に立ち返る必要があろう。責任とは、そもそも代理人がその任務について本人に弁明する義務を負うということであった。したがって、裁量を行う行政主体が行政責任を全うするためには、その裁量がしかじかの理由で住民の利益になる合理性をもつのだということを本人たる住民に説明し、その同意を得なければならない。行政が住民に提示する「理由」の合理性は、住民のもつ価値体系から見て、行動や手段の選択が妥当であるという検証を経ることが必要になる。
(三) 以上のように考えるとき、行政の裁量が公共性を有すると言い得るためにはその裁量が、行政の価値体系からのみではなく、住民の価値体系から見ても合理性を有することが条件とならねばならず、そのためには、当然、住民と行政の双方が求める合理性を一致させる手続や過程は不可欠である。裁量が不特定多数の住民を対象とするものであるときは、そのような手続は調査、公聴会、審議会等のように住民の代表や一部の意見を聞くことで十分であるかも知れない。しかし、都市再開発事業のように特定の住民を対象とする裁量の場合、住民と行政の双方の合理性を一致させる手続には関係住民が直接参加して同意を与えたり合意を形成したりすることが是非とも必要になる。このような条件はいわば公共性の手続的条件であり、裁量がしかるべき手続を経て住民と行政の双方が納得できる合理性を有しているとき、それは始めて手続的公共性を有すると言ってもよいであろう。そして手続的公共性を有する裁量は、実は実質的公共性を持つ可能性を十分に含んでいるのである。
(四) 行政の裁量が公共性を有するための第二の条件は、その裁量が真に関係住民の福利を増進せしめるということである。すなわち公共性の実質的条件であり、この条件を満たす裁量は実質的公共性を有すると言ってよい。しかし、市街地再開発事業の全てが、必ずしも本件の如く一私企業の本社ビル建設を主要な目的とし、その実質的公共性の存在につき各方面から明白な疑問が提起されるような例ばかりではないので、行政の裁量が真に関係住民の福利を増進せしめたかどうかは、行政と住民が共有する明確な判定基準や指標があらかじめ定められている場合を除き、結果的または歴史的にしか判定できないことが多かろう。その意味でも多くの場合、手続的公共性の有無が実質的公共性判定の実際的かつ重要なメルクマールとなるのである(今里滋「行政における公共性」甲六号証、市街地再開発と住民二三八~二四三頁)。
とすれば、手続的側面における違憲審査基準を確立することは、無数の行政行為において、その計画目的や公益性の設定につき行政裁量の存在を是認しつつも、それに対する違憲審査権を容易に行使し得る判断基準を与えることとなり、国民が期待する司法権のあり方にも重大な影響をもたらすものとなろう。
八 結論
以上述べたように、憲法上要求される住民合意手続の基準に照らしてみるとき、現行都市再開発法は、それらの基準をことごとく満たしておらず、その違憲性は明白である。
これら不可欠な住民合意手続の欠缺は、現に一方で極めて公共性の乏しい市街地再開発事業の実施を許し、他方で多くの地域住民を強制的に他地区に転出させるなど、実際にも極めて重大な事態を招来しており、憲法の理念に照らした一日も早い是正が望まれているといわなければならない。
第二本件事業自体の違憲性
一 本件再開発の動機又は目的
1 そもそも本件再開発は千代地区住民の切実な要求に基づいて行われたというよりも、どちらかというと新県庁舎東公園建設に伴なうその周辺整備という、県庁所在都市の面目を整えるための事業という側面がその動機又は目的をなしている。この点では千代地区住民の意向はその発端からたいして重視されることがなかった。
本件再開発に関する調査にあたった九州芸術工科大学三上禮次教授は次のように証言している。
「(ヒヤリング調査に当たってみて)、その対象者の中には、本件再開発について、情熱をもって、そして、一生懸命努力をし、といった態度の推進者というものは、この賛成者の方々の中からも、大変失礼ですけれども、一人も見い出すことはできませんでした」(第九回・一〇五項)。
「(賛成派の人々も)非常に疑問をもちながらという感じを受けました」(第九回・一〇六項)。
「(まず県庁誘致運動があり、地下鉄の路線変更運動があって、それが一応達成し、いよいよ千代地区の街自体の浮揚のために何をしようかという段階になって)小川さんのところに、どなたかが持ちこまれたものだと思いますが、まあ小川さんにその点を聞きますと、それは市のほうからということでありました。で、それをするためには、再開発という手法があると、それでやらないかという話しを持ちこまれて、今度は自分達の番だということになったというふうなお話しでございました」(第九回・一〇八項)。
本件再開発事業開始当時福岡市開発局長であった古田義行は次のように証言している。
「(本件再開発事業は)まず第一に考えられますことは、県庁が東公園に移転するという決定に基づきまして、実施されたものであります」(第五回・六項)。
「また県知事から市長に対する要請もあったかと思います」(第五回・六項)。
これらの証言は、本件再開発事業が、その主な目的・動機が県庁周辺の環境整備であって、決して千代地区の浮揚自体ではなかったこと、したがってまた本件再開発事業が千代地区住民のイニシアティブではなく市の主導によって開始されたこと、だからこそ三上証言に示されているように、千代地区住民は本件再開発に積極的関心を見せることがなかったことを示している。
昭和五三年五月に行われた第一回説明会において、出席者殆ど全員から時期尚早という意見が出され、住民説得の役割をもって出席していた小川保男町内会長及び宮川課長他の市の職員も住民を説得できずに途中で退席してしまわざるをえない事態が生じた(甲六二号証・光野・第一六回・七六~九二項)のはその当然の帰結であった。
原告代表者本人光野輝夫が「市の再開発に対する対処の仕方が、千代住民が残って商売ができるという、基本的な考えは全くなくて、いわゆる、キーテナントが、どこか入りさえすればいい、住民はどうなってもいいということを、当時の、この間証言しました再開発局長自ら私にいうぐらいの精神」(第一六回・四〇項)と供述するその精神は、この本件再開発事業の直接の目的、動機が住民の利益や千代地区の浮揚といったことではなく、県庁周辺の整備という専ら行政サイドの都合というところにあったことに由来するものである。
2 以上述べたように、本件再開発事業は、そもそも千代地区住民の利益を目的として行われることになったとはいい難い。本件再開発事業が、その進行過程において住民の意思を充分に反映する手続をとることなく、むしろ逆に住民の意思を無視し、又はそれに反して進められたこと、及び本件再開発事業の計画内容が、結局は住民追い出しなど、住民の利益に反するものになったことは、その沿源はいずれも本件再開発事業が住民のため、又は千代地区浮揚を目的としたものではなく、県庁の周辺整備という専ら行政サイドの都合のために行われたところにある。
二 本件再開発事業計画の内容の変遷の問題点とその反住民性
1 福岡市千代地区市街地再開発事業基本計画(昭和五四年三月二〇日・乙二二号証の一・二)。
(一) 右基本計画は九州大学工学部教授光吉健次を委員長とし、学識経験者で構成された「福岡市千代地区市街地再開発事業基本計画作成委員会」の指導のもとに作成されたものである。この点で後に事業主体たる市独自で変更されて作成された二つの事業計画とは性格が異なる。後に述べる事業計画内容自体の相違もここに由来するところが大きいものと思われる。
(二) 右基本計画調査編(乙二二号証の一)によると住民の意識調査の結果が次のようにまとめられている。
まず住環境について「まず当地区に居住する意向については、七九・八%の人が『住みやすい場所』と考えており、五・七%の人が『あまり住みやすくない。』と評価している。そして『将来もこの場所に住みつづけていきたいか。』の問については七五・五%の人が今後も住みたいとの意向をもっている」。「居住者は、住みやすいところであり永く住みたいとの意向をもっている。これは、昔から住んでいる人が多く、古くからのコミュニィティが千代地区に形成されているからであろう」。営業環境については「地区内で営業を行っている人は、営業環境について、六四・一%の人が『営業がしやすい』と評価しており、八九・三二%がこれからも計画地区内で営業を続けたいと答えている」。右意識調査の結果は、大部分の千代地区住民が計画地区内で生活したい、営業を続けたいという希望をもっていたことを示している。
しかし、住民のこの希望は、本件再開発事業の結果、無残に裏切られることになる。
(三) 本計画の内容は乙二二号証の二「計画篇」に記載されているとおりである。
本計画の内容上の特徴は、第一に計画区域が千代町市場を含む広い設定がなされていること(乙二二号証の一・二九頁・基本計画作成区域図1・2・3・4・5)、第二に計画内容が住居・店舗・コミュニティ・センターからなっていることである。
(1) 区域設定の合理性について
この点について三上教授は次のように証言している。「全体としてこういう区域設定をして、それに、再開発の手法を加えるという趣旨からしますと、かなりそれになじむといいますか、割合、適した区域設定」(三上禮次・一〇回・三項)、「再開発の必要性なり重要性というのは、再開発法では、目的が二つ設定されておりまして、その一つが、土地の合理的かつ健全な高度利用と。そこで、まあ、健全なというふうに言われておりますのは、この事業を行う要件としまして、ここが著しく不健全な土地利用状況ということが、要件にあるわけでありまして、その要件という所に、まあ、適合するといいますか、そういう趣旨からしますと、この1のブロックになる、特に、市場のゴーストタウン化したところというのは、そこに一番著しい不健全な土地利用という趣旨にあうのではないか」(同七項)、「5の場合は、このブロックの一番角地になるところ、これは現状でもまださら地化している所だと思いますが、こういう交差点の角地という、つまり都市内の土地としては、非常に重要な利用価値の高い土地でありまして、これが空地化されているのを利用するというのは、この上にいろんな設計をほどこすうえで有利な条件」(同・五項)。
即ち、1ブロック、5ブロックを加えることによって本計画の区域設定は合理的なものになりえた。
(2) 計画内容の合理性について
この点について三上教授は次のように証言している。
「全体としてみますと、若干の弱点がございますけれども、総体としては、まず、このプランを作る、接近の態度と言いますか、つまり再開発というのは、狭い意味の再開発というのは、この地域の住民が、ここで、生活を維持発展させるということを意図するものであろうから、そういう意図というものをふまえた計画、接近態度であるというふうに感じ取れます」(一〇回・一五項)。「(積極的に評価できる点は)施設の面で言いますと、三つほどあげられると思いますが、一つは、住居を、特に、職住近接型と、それから、店舗へ営業者が入居する住居、特に、メインとしては職住近接型の住居を置くという点が一つです。次に、この地域の人達は、店舗で営業を営む人が非常に多いわけですけれども、この人達の入居と言いますか、ここで営業を維持発展させるという趣旨にそった店舗の配置・設計というものが、比較的合理的なといいますか、・・第三には、これは、この地域でのコミュニティセンター的な性格をもった施設というものを置くことになっているように拝見しました。まあ大きくは、その三点ぐらいかと思います」。
(四) 右の如く、三上教授は、学識経験者の指導のもとに作られた本計画は、地域住民の要求にもそれなりに沿い、かつ再開発法の立法趣旨・制度の趣旨にもそれなりに適合した、一定の合理性をもったものであったと評価している。
しかし、この計画はなぜか住民に知らされることもなく、闇から闇に葬り去られることになった。このような計画や文書の存在自体も本裁判によってはからずも明らかになったものである。そして後に述べるように、本計画の合理性の根拠とされている要素がことごとく抜き去られる再開発計画へと変質させられることになるのである。
2 福岡市千代地区市街地再開発事業調査報告書(昭和五五年三月・乙二三号証の一・二)
(一) 右報告書「まえがき」は次のように述べている。
「今日、都市は危機に直面している。就中、都心部における商業・業務の過度の集中と、他方老朽家屋の密集というアンバランスな状況は思いきった再生策を必要としており、本市も例外ではない。千代地区における県庁舎移転及び周辺整備はまさに過密抑制と地区の再生を図る絶好の機会といえる。東部粕屋から都心への導入口であり、そして県庁の玄関口に位置する千代交差点を中心とする地区について、これまでの現況調査や将来の方向性を検討し、又、地元住民の啓蒙を図りながら、基本計画をまとめたのが、本報告書である。この報告書作成にあたって、種々御指導いただいた建設省の方々はじめ関係各位に深くお礼申し上げます」。
この「まえがき」は第一に本件再開発事業が先に触れたように県庁舎移転が直接の契機になっていることを物語っていること、第二に「地元住民の啓蒙を図り」と述べて本件再開発事業が地域住民の主導によるものでないことを匂わせていること、第三になぜか乙二二号証の基本計画やその作成の指導に当たった基本計画作成委員会との関係が一言も触れられていない、などの特徴をもっている。もっとも本報告書も住民には全く公表されず、この裁判で始めて明るみに出されたものである。
(二) 本報告書の計画の特徴は、乙二二号証の基本計画との対比でいうと、第一に区域設定について、先の1、5のブロックがはずされていること、第二に住居部分が計画されていないことなどである。これらは、先にも述べたように乙二二号証の基本計画の合理性を担うとされている要素であったが、それが本調査の計画ではそれがいずれも除去されてしまったわけである。
本報告書・再開発基本計画・施設建築物計画は、その「設計基本方針」として次のように述べている。
「再開発地区は県庁の都心側の玄関口にあたり、景観的にはゲート的な役割を果たす位置にある。従って県庁舎とのバランスのとれた建物構成とする」、「・・高層ホテル部分は円筒形とする。円筒形は県庁アプローチに対して門柱的イメージを与えることになろう」(乙二三号証の二・九頁)。
この「設計基本方針」は本件再開発事業がその建築物設計においても、県庁のためのものであることを示している。
(三) 右計画について三上禮次教授は次のように述べている。
「元々、A、B、C全ブロックに渡っての再開発の計画であったわけですが、先ほど申しあげましたように、A、B、C全体を綜合してあの計画は成りたつようなものだというふうに私は思いますが、その中でA、Cを除くことによって全体として、ワンセットの整合性を持った計画というものは、非常にやりにくいのではないか」(一〇回・六一項)。「前のプランでAとCの部分があることによって、全体計画を進めるのに有利な条件というものが、この地域の中で、この二つの有利であったと思うんですが、その有利なところがもれて、Bブロックだけになるということは、そもそも再開発の手法がこれに適しているのかということまで考えさせられるような地域決定」(同・六二項)。「(職住近接・住民の流出防止という前の計画がもっていた長所について)全く失われていると思います」(同・六七項)。「(商業施設の需要予測について)最初のプランでは、二倍以上を想定することは非現実的であるとして退けられていたもの、しかも、最初のプランの場合には、Aブロックのところの近傍に、職住近接型の住宅を設けるということで新しい住民の購買力というものが想定されておりまして、それを含めて、なおかつ二倍以上の想定は、非現実的なものとして、まあ一・五倍程度」に想定して店舗面積を出しているのに「この場合には、その付近への職住近接型の住宅というものは、全く予定外のものとなっておりまして・・・よりシビアな条件の下で・・その想定を更に、非現実的に、三倍五倍の想定をするということで・・正に非現実的な計算」(同・七七項)。「(この計画の全体的な評価として)大変無理な計画ではないかと思います」(同・八九項)。
昭和五五年二月に行われた地区住民を対象としたアンケート調査の結果は全体の三九・三%、無回答を除いた有回答中の五八%が「再開発ビルに住みたい」と答えている。地域住民の過半数が再開発ビルに住みたいという希望をもっていたことを示している(乙二三号証の二・四四頁)。しかるに本計画は、前の基本計画によった住居部分を皆無にしてしまっている。この計画が前の基本計画に比べて住民の要求にも明らかに反する方向で変更されたものであることは明らかである。
なお、右アンケート調査によると、「『業種転換』および現在営業していない権利者でこの際『営業を始めたい』人を含め全体の六二・二%の人が再開発ビルでの営業を希望している」(乙二三号証の二・四四頁)。しかし結果はこの希望を大きく裏切ることになったことは後に述べるとおりである。
(四) このようなおよそ合理的な理解の範囲を超え、かつ住民の要求にも反する計画の変更がなぜ行われたのか。
本件再開発事業が都市再開発の制度の趣旨・目的とは異なった動機・目的で行われたから、と考えるほかはない。それは、先にも述べたように住民の要求の実現・千代地区の浮揚というようなことではなく、県庁の周辺整備という、権力主義的な動機・目的である。
3 福岡市千代地区市街地再開発等調査(B)(昭和五六年三月・乙二号証)
(一) この調査(B)における計画内容は基本的には2記載の調査報告と同じである、Bブロックだけにした理由について右調査(B)は次のように述べている。
「Aブロックは正確な権利状況を把握するのが困難な千代市場跡を含んでいるために、1期工区から除外することにし、Cブロックも大部分の敷地が公共用地と地元大手企業の所有地であるため、単独事業もしくは個人施行の可能性を考慮して除外した。従って、Bブロック(2、3、4ブロック)一・一六haに基本計画作成地区をしぼり、事業計画案の検討を行った」(七頁)。
しかし、その結果、都市再開発事業としての合理性を全く欠如することになったことは先に述べたとおりである。
(二) 昭和五五年七月から九月にかけての個別懇談の方法による住民の意識調査は、「基本計画案を提示の上」行われたが、その結果は、再開発ビルへの入居希望者は「権利者の二六・五%、借家人の三七・八%、全体で三一・九%」にとどまる反面、「この際地区外へ転出を希望する人が、全体で三七・八%、権利者と借家人別では、それぞれ三八・八%、三七・八%」に達している。
先に述べたように、従前の住民の意識調査によると、基本計画調査編(乙二二号証の一)の場合が「将来もこの場所に住みつづけていきたい」の問に対して七五・五%が肯定し、また、右個別懇談のわずか半年前に行われた住民の意識調査においても有回答中の五八%が「再開発ビルに住みたいと答えていた。即ち、大多数の住民が千代地区に、具体的には再開発ビルに住みたいと考えていたのに比較すると、今回の「基本計画案を提示のうえ」行われた個別懇談の結果はまるで様変りである。
これは、変更された再開発計画がいかに住民の期待を裏切るものであったか、ということを雄弁に示している。
(三) 昭和五六年六月一一日、福岡市都市計画審議会は「事業計画の決定までには地元の同意を得るよう協議する」との付帯意見をつけたうえで、B調査案を基本とする再開発区域を決定(甲四八号証・乙四号証)、同年八月五日には福岡県都市計画地方審議会が同決定を行い、同年八月二〇日福岡県知事は本件再開発事業の都市計画の決定を認可した事業の内容はB調査案を基本とするものである。
4 都市計画変更決定(昭和五九年九月一日付福岡県告示第一二九〇号)
(一) 変更の主たる内容は、再開発ビルをホテルビルから事務所(オフイス)ビルにすること、すなわち、キーテナントのホテルから事務所への変更である。キーテナントの変更は再開発ビルの性格の基本にかかるものであるが、変更に至るまで住民に対しては何の広報も行われず、したがってまた住民の意向を反映させる何の措置もとられなかった。
(二) 右変更は、右変更決定の前、昭和五九年五月一五日、福岡市・西武ガス興商株式会社・西武瓦斯株式会社間に締結された覚書に基づくものである。
覚書の主な内容は次のとおりである。
「第一条 乙(西武ガス興商)は甲(福岡市)から保留床等の処分を受け、丙はその核テナントとして進出するものとする。
第二条 甲は乙に対し丙が必要とする床面積二〇、〇〇〇m2(内有効面積一五、〇〇〇m2)及び駐車スペース約一〇〇台分を確保するものとし、丙は乙からこれを借り受けるものとする。
第三条 甲は、保留床等の引渡し時期については、丙が予定している移転計画に添うよう最大限の努力を行うものとする。
第五条 甲は建築施設の設計、施行については、乙及び丙の意向を十分尊重する・・。
第六条 甲は事業を推進するにあたっては、丙の事業の公益性に鑑み・・乙及び丙の意向、要望等を十分考慮し協議していくものとする。
第七条 事業に伴なう周辺道路の整備並びに地権者及び近隣対策については、甲において対処するものとする」
右の「覚書」によれば、本件再開発事業の遂行に当たっては西部ガス興商・西部瓦斯の意向、要望を「十分考慮」しなければならないこと、換言すれば西部ガス等の意のままになされなければならないことになる。そして、問題が起こったときの「地権者・・対策」は「甲において対処する」というのであるから、本件再開発事業は右「覚書」によって、西部瓦斯の本社「移転計画」に福岡市が奉仕するためのものにされてしまったといわねばならない。
5 本件再開発事業の結果
本件再開発事業が、地域住民の要求に端を発したものではなく、県庁の周辺整備という専ら行政サイドの都合で始められたものであること、事業計画も最初はそれなりの合理性をもち、住民のニーズにもある程度応え得るものであったのが、なぜかそれに応えることのできない全く不合理なものに変えられ、最後には事業自体が西部ガスに奉仕するためのものにされてしまった経過については以上述べてきたところであるが、その間住民の意思は一貫して無視されてきた。
元来、地域住民は千代地区で引続き居住し営業する希望をもっていたし、再開発事業がある程度具体化された段階でも過半数が再開発ビルへの入居を希望していた。
しかし、再開発事業が完成した現在では、本件都市計画決定(昭和五六年八月二〇日)当時の関係権利者九七名(うち土地建物所有者五二名、借家権者四五名)中、再開発ビルに権利床を獲得した者は僅かに一二名、現実に営業している者になると実に八名にすぎない(甲七一号証・光野・第一八回・一六一項以下)という惨たんたる有様となってしまった。
結局本件再開発事業は、地域住民の営業や生活上の要求ではなく、県庁の周辺整備という専ら行政サイドの都合のために発案され、その目的達成のために、地域内で生活し営業することを望んでいた住民の大部分を追い出して、西部ガス系資本のための大ビルを作るという結末を生じたものである。
本件再開発事業が地域住民のためでなく、その追い出しのために行われたものであることは以上の経過から明らかであるが、この事業の反住民的本質は、その施行過程にもみることができる。
三 本件再開発事業の施行過程の問題点とその反住民性
1 本件再開発事業に関する宣伝内容の虚偽性
被告市は本件再開発事業を施行するに当たって昭和五三年七月、「再開発のお知らせ」によって次のような宣伝を行った。
「昨年、地元の方々から東公園周辺の整備について陳情をうけ、その中で千代地区を県庁の玄関口として整備するよう要望をうけています」。(再開発のお知らせ・昭和五三年七月・甲二七号証)。「今回はその手始めとして、今日までの経過及び市街地再開発についてまとめましたが、今後皆様方のご意見を充分にお伺いし、内容の充実を図りたいと考えています」(前同)。「再開発事業には、次のような三つの大きな特色があります。1 地区内で営業していたり、居住していた人が原則として転出しないですむことです。(2 以下省略)」(前同)。
右「再開発のお知らせ」が発行される直前、昭和五三年五月、市当局による再開発の説明会が行われたが、「賛成意見を述べる者は誰一人としてなく会場は反対の声が溢れた。その間座長の小川自治会長、県議、市議、説明をしていた市の部長はじめ係員迄もが皆居れなくなって退場した」(甲二六号証・光野・一六回・七六以下)ということもあって、地域住民の再開発事業に対する反対又は慎重な意見は明白になっていた。それにもかかわらず、住民があたかも再開発を望んでいるかのようにいうのは明白な虚偽宣伝である。
また、地元住民の意向は一向に受け入れられなかったこと、地元住民の殆どは結局転出せざるを得なかったことは先に明らかにしたところである。
右「再開発のお知らせ」がいう地元の陳情は乙三号証「陳述書」を指しているが、これに署名した者はわずか一八名にすぎず、またその中には地権者は一人もいない(光野・一六回・五七―五九項)というのであるから、これをもって、地元の意向とみることは到底できない。
このように、本件再開発は被告市の地域住民に対する虚偽の宣伝、巧言によって地域住民を籠絡しようというところから出発した。
2 住民の意見の無視
もっとも基本的には、本件再開発事業が地域住民の地域内に引続き居住したい、営業したいという意思を無残に踏みにじったという問題があることは先に述べたとおりである。
また、三上教授によれば比較的合理性をもち、かつ地域住民の希望に一定程度応える内容をもっていると評価される「再開発事業基本計画」(昭和五四年三月二〇日・乙二二号証)が再開発事業調査報告書(昭和五五年三月・乙二三号証)に抜本的に変更されるに際しても、またキーテナントがホテルから事務所に変更されるに際しても、更に西部ガス・西部興商との交渉経過についても、一切住民と相談がなされたこともないし、また途中経過が報告されたこともない。すべては、決定されたあとの既成事実として住民に押しつけられてきたのである。ここには事業主体としての被告市が、住民の意思を尊重しようとする姿勢をみることはできない。昭和五四年三月に基本計画が作成された後、同年五月から七月にかけて組別懇談会が被告市によって組織されている(甲二九号証)が、ここで基本計画が説明された形跡もないし、ましてや基本計画に対する住民の意見を聞いた形跡もない。それは「住民を再開発に賛成さすという方向に持って行くためのもの」(光野・一六回・一二八項)にしかすぎなかった。
このような被告市の事業遂行の姿勢は、福岡市都市計画審議会が本件再開発計画の区域決定の際に付した「事業計画の決定までには地元の同意を得るよう協議する」との付帯意見(甲四八号証・乙四号証)にも反するものである。
3 事業推進のために住民を欺く欺瞞的言動
(一) 本件事業の推進が地域住民の意思や要求を無視して推進されたことの当然の結果として、住民の支持を得ることができず、原告ら都市計画協議会に結集した人々ほか多くの人達が反対していた。
被告市は、これらの住民の反対をやわらげ、支持を獲得するために欺瞞的言動を奔した。「これまで、アンケートや説明会等で寄せられた街づくりに対する意向を踏まえ、計画(案)の修正等の作業をすすめますが・・」(再開発のお知らせ・昭和五五年八月・甲三〇号証)。「再開発事業について種々の質問や、今後のすすめ方等についても積極的な意見が提起され街づくりに対する皆様方の強い意向が全般的に拡がりつつあることが感じられました。皆様から寄せられた意見等を集約し、計画(案)の修正作業等をすすめ、さらに事業推進にかかる皆様の意向を受けとめながら街づくりを推進していきたいと思いますのでご協力下さい」(再開発のお知らせ・昭和五五年一〇月・甲三一号証)。
しかし実際には、計画自体が住民の意向を無視又はそれに反して、住民に不利に変更され強行されたことは先に述べたとおりである。
(二) 昭和五六年三月、被告市は千代地区市街地再開発等調査(B)でホテルをキーテナントとする再開発計画を纏め発表した。この調査(B)案が先に纏められていた基本計画を不合理に改悪したものであることは先に述べたとおりである。
ところが被告市はこの案の発表に際し「千代地区は古くから水茶屋通り、新茶屋通り等古い街並みがあり、地域の中心でもありましたので、そのよさを残し・・」(再開発のお知らせ・昭和五六年三月・甲三二号証)として、あたかも「古い街並み」のよさを残す計画のような宣伝をした。しかしこの調査B(案)の計画にはどこにもそのようなものはみられないし、結局実現された本件再開発のどこにも水茶屋通りや新茶屋通りの「古い街並み」の良さを残したところは見当らない。古くから住み着いている人の多い千代地区住民の歓心を買うための虚言というべきである。
4 住民の意思の偽造
(一) 昭和五五年一二月二〇日千代地区再開発推進連絡協議会が会員六八名で発足したと市は宣伝している(乙一号証)。この会員数はもしそれが事実とすれば本件再開発事業対象区域の住民のほとんど全員に当たる数字である(光野・一六回・一七一以下)。この連絡推進協議会こそが、本件再開発事業が住民の支持を受けているとする被告市の主張の大きな根拠になっている。
しかし、この推進協議会なるものは、住民の意思に基づく自発的・自主的な団体ではない。それは、市が行った説明会を母体に住民の意思と関係なく作りあげたもので、その発行物も市の手によって印刷されているというような団体である(光野・一六回・一七〇・一七一)。被告市が住民の支持を得ているという体裁をつくるために作りあげた団体であり、発表された会員数の内に地元住民が実質的にどの程度参加していたのか極めて疑問である。
(二) 同じく昭和五五年一二月ころ、地元住民約七〇名の署名で再開発促進の請願が市議会に提出された。しかしこの約七〇名の署名は再開発施行の是非に関する調査費用のための請願という名目で集められた署名が、いつのまにか、何故か再開発推進の請願にすりかえられたものである(光野・一六回・一七三~一七四)。実に卑劣なやり方であるが、これにも市の意向が反映しているであろうことは想像に難くない。
この変造された推進請願に対抗するため、原告光野らがその直後、時期尚早の要望書を市に提出したが、この要望書には三〇名の署名が集った(光野・一六回・一七九~一八二)。このことからしても推進請願に約七〇名もの人が署名することはありえないことである。
(三) 被告市は昭和五六年五月六日ころ、再開発事業対象区域地権者九六名中開発賛成者九〇名、反対は土地建物所有者二名と借家人四名の計六名だけにすぎないと発表し、翌七日付で各新聞紙上で報道された(甲一四・三三・三四号証)。しかし、これは明らかに虚偽である。
原告らは直ちにこの市の発表が虚偽であることを明らかにするために、昭和五六年五月二三日付で地権者二〇名借家人一二名合計三二名の署名を得て「千代地区再開発の計画再検討に関する請願書」を市議会に提出するとともに(甲八号証・光野・一六回・二三一以下)、古田義行都市計画部長に抗議をした(甲一六・四六号証・光野一六回・二三〇・二三一)。
原告ら都市計画協議会の当時の運動の推移からみて、市が言うように九六名のうち反対はわずか六名というのは誰がみてもあり得ないことであって、市のこの発表もまた、住民の支持を偽装するために故意に誤った数字を発表したものと考えるほかはない。
5 おどし、いやがらせなどによる再開発事業の押しつけ
(一) 以上のようにあるいは住民の歓心を買うべく心にもない約束をし、又は住民の再開発推進の意思があるごとく装いつつ、本件再開発事業計画を進めてきた被告市は、昭和五六年八月二〇日都市計画決定にこぎつけると今度は、住民に本件再開発を強圧的に押しつける態度にでてきた。
(二) 昭和五六年九月一七日、本件都市計画決定に関する第一回説明会が行われた。それは都市計画決定自体について住民の同意を得るための説明会ではなく、決定を当然の前提とした権利変換についての説明会であった(甲第一七号証・光野一七回二四項以下)。原告ら住民が「再開発ビルというのがどんなものかというものかということも何一つわからない漠然としているにもかかわらず、もう、いきなり権利変換ということに関して、非常に唐突の感じを受け」(光野一七回・二九)、また「一年後には事業計画も決定する・・事業計画を決定すれば住民の行動は束縛される、強制力が出てくる」といわれて住民が「ああ、もう市のほうで決めたものならば、これはもう、どうしようもないんじゃないかなという気持になった」(同・三二項)のも当然である。市はそのために説明会を企画・実行したともいえる。
これに対し、昭和五六年一一月原告ら地元住民は被告市に対し公開討論会の開催を要請、被告市は一旦これに応じ、翌昭和五七年一月一八日開催されることになって、地元住民約六〇名が集ったが、被告市は一方的に中止し、原告らとの話し合いを拒否した(甲一九・二一・五三・五四号証・光野一七回四三項以下)。このように被告市は、本件都市計画決定後は一方では住民との話し合いを拒否しながら、他方ではこれを一方的に押しつける態度をとるようになった。
(三) このような状態の中で被告市は、既成事実を作るために、昭和五七年六月から住民の反対を押して土地建物等現況調査を強行するとともに先行買収にかかった。先行買収が行われた件数は昭和五七年二件、五八年五件、五九年一一件、六〇年二件である(乙第三二号証)。
この先行買収のやり方は、例えば乙第三二号証の図面「左側の三角地帯の緑色のところに、豊福さんという生け花教室をしている奥さん」(光野・第一八四・二三七項)についていうと、その隣の人が先行買収に応じてその家が取り壊しになったあとは「その後が、もう、すぽっと、切っただけで、屋根が同じような屋根だったもんですから、切っただけだったから、後は柱も生のまんま、みんな出てしまって、そのままほったらかされてしまった」(前同・二四二項)、「仕切りもなんにもしなくて、もう一週間も二週間も、雨が降ったら、中に、そのまま、はいるというふうな状況で」放置という状態であった。これでは「豊福という生け花教室をしている奥さん」もおれたものではない。その他当該地では、「先行買収によって、ちょうど、炭鉱が廃坑になった後の荒地のような形に、通りがなってしまうわけです。片っ端から、そこには、平になって、そして、後では、良かったけど、最初のうちは、もう建物を切り取ったら、そこの切り取った後の補修もせずに、生でぶらさがると、建物が、という状態では、人通りは、全く、途絶えてしまうわけです。ここに店がある。次がない。次が店がある。次はない。もう三軒続けてない。これでは商売は成り立たない訳です」(同・二二九項)という状況が現出する。
要するに、被告市は先行買収によって、残った人も、そこにはおれない状態をつくって住民に再開発に応ずることをやむをえなくさせていったのである。ここでも我々は、本件再開発に先立つ住民の意識調査を想起する。その調査では多くの住民は、千代地区にそのまま営業したい、住みたいと望んでいた。しかし、被告市のこのような非情なやり方の前に屈服を余儀なくさせられていった。こうして、被告市は地域住民に本件再開発を無理やり押しつけた。
6 入居困難の条件の提示による住民の追い出し
昭和五九年一〇月三〇日の地元説明会で再開発ビル入居の条件が公表された。坪当り一六五万円、共益費坪当り六〇〇〇円というものである(前同・一一項)。これだと一〇坪の床面積を得るためには一六五〇万円と月々六万円の共益費が必要ということになる。千代地区は建物の賃料そのものが坪七〇〇〇円程度、共益費一〇〇〇円位のところであって、住民はいずれも零細商業主である。
このような条件では到底営業は成り立って行く見通しを持つことはできない(前同・一四項~二二項)。このことは誰の目にも明らかである。先に述べてきたように、自分達が望んでもいなかった再開発を押しつけられ、あげくの果ては、再開発ビルに入居できたのはわずか一〇名余りにすぎず、他の地権者等は押しつけられた再開発ビルにも入居することさえもできず、従来通り地元で営業を続けたい、生活を続けたいという地元住民の殆どは、その意思に反して地元を出らねばならなかった。そして、本件再開発ビルは先に述べたように、実質「西部ガスビル」になったのである。これが、本件再開発の結末である。
四 意見書審査手続の違法
昭和五九年一二月八日、住民二四名が、都市再開発法五三条二項、一六条二項に基づいて、事業計画案の白紙撤回を求める意見書を提出し、口頭意見陳述の申立てを行った。
右意見書の審理については、行政不服審査法二四条ないし三一条により、証拠書類の提出、参考人、鑑定人、検証の申立て等が意見書提出者の権利として保障されており、意見書提出者らはこれらの申立てをしたが、被告は、何らの根拠もなくこれらの申立てをすべて却下し、実質的審査もなく右意見書を却下した。
第三本件事業の法令違反
一 本件事業は公共性を欠く点で都市再開発法三条に違反する。
1 被告は、本件事業が備えるべき公共性につき、同公共性は同条が定める次の四要件を満たすことをもって足りるとして本件事業が適法である旨主張する。
イ 本件施行区域が高度利用地区であること(同条一号)
ロ 本件施行区域が低層非耐火家屋による低度利用地区であること(同条二号)
ハ 本件施行地区内に十分な公共施設がなく、区域内の土地利用が著しく不健全なものであること(同条三号)
ニ 対象区域内の土地の高度利用を図ることが、都市機能の更新に貢献するものであること(同条四号)
2 被告の右主張は、事業の公共性に関する判断において、本件施行区域内住民の現実的な福利の保護、ないしは調整を図るという最小限度の要請を全く欠落している点で誤りである。
すなわち、都市再開発法の上位法である国土利用計画法は「国土の利用は、国土が現在及び将来における国民のための限られた資源であるとともに、生活及び生産を通ずる諸活動の共通の基盤であることにかんがみ、公共の福祉を優先させ、自然環境の保全を図りつつ、地域の自然的、社会的、経済的及び文化的条件に配意して、健康で文化的な生活環境の確保と国土の均衡ある発展を図ることを基本的理念として行うものとする。」(同法二条)とし、更に都市再開発法一条は「この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もって公共の福祉に寄与することを目的とする。」と定めている。このことからすれば、同法三条は、公共事業としての再開発事業を開始するための公共性を定めた規定であるが、その公共性は、同条項各号にみられる抽象的な前記四つの要件を形式的に具備すれば足りるとするのではなく、いわば実質的公共性を備えるべきことをも要請するものというべきである。同法三条がいわば内在的に要件とする実質的公共性の具体的な内容は、既に述べたとおり当該区域住民の福利保護ないし調整を中心とした合理性であって、少なくとも次の指標により判定すべきものであり、左の各点に関し、策定段階において事前の影響調査等が十分に行われ、公共事業としての再開発事業の公共性が肯定されていなければならないのである。
(A) 再開発ビルに入居した地元権利者の福利向上の度合い
(B) 再開発ビルに入居しなかった権利者の福利向上の度合い
(C) 再開発によって間接的に影響を受ける住民の福利向上の度合い
(D) 保留床を買って入居した者の満足度
(E) 自治体財政への影響
ところが、本件事業は、すでに述べたとおり、地元権利者の約九〇%以上の者が再開発ビルに入居できず、再開発ビルに入居した権利者でも、住居の移転を余儀なくした。反面、西部瓦斯株式会社は、本件事業により、再開発ビルの約九九%(但し、事業計画時点では約九七%)に当たる権利を廉価かつ容易に取得し、莫大な利益を得たのである。本件事業は、地区住民らの生活権を侵害し、更には同住民の有したキャピタルゲインを含む経済的利益、更には、被告の自治体としての業務遂行によって得られた事業利益のすべてを、ひとまとめにして右株式会社に奉仕したものということができる。
以上のとおり本件事業は右の実質的公共性の視点を欠落しており、これを何ら顧慮せず、漫然と策定実行し、その結果、恣らに当該区域住民の福利を侵害したのであって、法三条に内在する実質的公共性の要請に明らかに違反するところである。
二 本件事業は法三条三号に違反する。
1 被告は法三条三号につき、本件施行区域は、第一に、二〇〇平方メートル以下の土地利用が八割以上に及んでおり細分化していること、第二に、相当老朽化した木造家屋が密集しており、火災時における危険性が極めて高いこと、第三に、公園、憩いの場等のオープンスペースがなく、且つ、市街地緑地が不足していること、第四に、千代大手門線、千代粕屋線、東公園線の交差により自動車の通過交通が頻繁であるにもかかわらず、歩道の設置が不十分で地域住民が交通上の危険にさらされていること、をもって本件区域内の土地利用が著しく不健全であるとし、本件事業が同号の要件を満たす適法な事業である旨主張する。
2 しかしながら、本件事業は、決して十分な公共施設がないとはいえないし、土地利用が細分化されていることにより当該区域内の土地利用状況が著しく不健全であるとはいえない、本件施行区域においてなされた点で違法である。
(一) 土地利用の細分化に関して法文上その具体的基準は何ら示されていない。本件施行地区域は、いかなる観点からみても関係権利者の任意処分に委ねたのでは健全な土地利用が確保できない程度に細分化されていたとはいえないところである。県庁移転や地下鉄の開通に応じて、関係権利者等の努力により、本件施行区域内の健全な土地利用を確保できたであろうことは容易に推測し得るところである。
(二) 本件施行区域内は、本件事業計画を予定した先行買収以前にあっては、昼夜を問わず、関係権利者らが常駐していたところである。仮りに火災の原因となる火の不始末等があったとしても、早朝に発見して火災発生を防止しうる体制にあったのである。現に戦後本件施行区域内において火災と呼べるものは発生していない。戦前からの木造家屋が存することのみをもって、火災時の危険性が極めて高いとすることはできないというべきである。
(三) 本件施行区域は、公立の総合体育館に隣接しており、東公園もすぐ隣に存する。これらの施設により、住民の憩いの場は十分に確保されたのであって、決して十分な公共施設がないとはいえない。極めて狭い一街区にすぎない本件施行区域内、更に、公共施設や公園を作る必要性は全くなかったところである。現に、本件事業では、本件事業によって生み出される公共施設はたかだか従前から存在する公共道路を若干拡幅ないし延長する部分に限られていることからも明らかである。
(四) 本件施行区域が、歩道の設置が不充分で地域住民が交通上の危険にさらされていたということはない。東公園線、千代粕屋線には、本件施行区域内に歩道が設置されていたのである。更に、歩道確保のための道路拡幅の要請は、そもそも本件事業のような都市再開発手法によらず、他の道路に関する都市計画によるべきである。
(五) 以上述べたとおり、本件施行区域は、その土地利用が何ら不健全なものではなかったことは明らかである。
三 本件事業は法三条四号に違反する。
1 被告は法三条四号につき、本件事業は、本件施行区域を高度利用することにより、第一に、施設建築物敷地を除く空間はすべて千代大手門線、千代粕屋線、東公園線及び区画街路の公共施設に変えること、第二に、施設建築敷地中に歩行空間の確保と千代交差点側地下鉄出入口部分及び東側角地にオープンスペースを確保して憩いの場又は防災空間とすること、第三に、千代交差点を改良し、右左折車両の交通を円滑に処理すること、第四に、ポケットパークを設置してゆとりある空間を創出するとともに、地下鉄昇降口を設置して安全な歩行動線を形成すること等、により本件施行区域が人と車の交通を分離して交通の危険から開放し安全で快適な生活環境を形成し、千代地区のコミュニケーションとして機能すること、をもって福岡市既成市街地の都市機能を著しく増進するとともに、今後の千代地区周辺の発展、浮揚を促進し、よって、これらの都市機能の更新に貢献するものであるとし、法三条四号に適法な事業である旨主張する。
2 しかしながら、本件事業は、当該区域内に大きなビルを一つ建てたことの結果として土地の高度利用をなしたものの、そこにあった街を消し去り、区域内住民の生活と住居を奪い、前記株式会社に莫大に利益を与えた他には、取り立てて当該都市の機能の更新に貢献したというわけではないのであって、違法である。
(一) 本件事業は、本件施行区域のうち、取り得るすべての土地を前記株式会社の本社ビル敷地に供している。公共用地に当てられた分についても、その目的はいずれも道路の拡幅延長である。この道路の拡幅延長は、別途地下鉄敷設にかかる都市計画、及び道路拡幅にかかる都市計画により、容易に達成できたことであり、すべきことであった。
(二) 本件事業施設建築物及びその敷地の権利関係は、全て私用に供されているものであり、同建築物及び敷地は公共的用をすべきとする規制が全くないものである。したがって、施設建築敷地中のオープンスペースを確保しているとしても、それは前記株式会社の私的利用に伴う反射的利益にすぎない状態であって、本件事業の法的な効果というものではない。
(三) 千代交差点の改良等交通の円滑処理の確保は、すでに述べたとおり道路にかかる都市計画事業をもって達成すべきことであって、本件事業によってもたらされたものではない。
(四) 本件事業計画ではポケットパークの設置を予定していたが、結局、千代交番の建て替えを許すことにより、ポケットパーク用地は、千代交番の敷地に変わってしまっている。
(五) その他、地下鉄昇降口の設置等による安全な歩行動線の形成は、地下鉄敷設にかかる都市計画の事業により達成されたものであり、本件事業とは何の因果関係も存しないところである。
(六) 以上のとおりであるから、本件事業は、福岡市既成市街地の都市機能をいささかも増進していないし、前記株式会社の今後の発展、浮揚を促進したとはいえても、特段に今後の千代地区周辺の発展、浮揚を促進したとはいえず、何らこれらの都市機能の更新に貢献したものではない。
第四本件事業における原告らの損害
一 本件事業により原告らが蒙った損害の内容は次のとおりである。
1 原告株式会社ミツノ、同光野輝夫
(一) 原告光野は、一九四五年五月大学在学中に応召し満州の国境にて終戦を迎え、捕虜生活四年を終えて北九州八幡の両親の下に帰国、再び学生生活に戻りたかったが、学資その他の事情で果たさず、商売を志して博多に移り住み、一九五五年より今日まで三〇年余りにわたり石油コンロ、オイルバーナー等の販売を業としてきた。この間一度は倒産の憂き目を見たことがあるが、この仕事一筋に福岡県内を中心に九州全域に商圏を拡げ、商品名、会社名ともに同業者の中では指折りの業者に成長することができ、「千代町のバーナー屋さん」と遠く各県離島などからも漁師さんが買いに来てくれるようになり、とりわけ千代町における六階建の「寿バーナープラントビル」の建設はその信用を不動のものにした。土地五〇坪、建物延一五〇坪と小さいながらも、臥薪嘗胆、一歩一歩長い年月をかけてやっと築きあげた自社ビルであった。
(二) ところが市の再開発計画は、この努力の結晶を何の感慨もないままに踏みつぶしてしまった。ビルの明渡をせまられた時、原告の妻はビルの上から飛び降りるという。毎日毎日夫婦げんかが起こった。強制的な権利変換によって再開発ビルの中に権利床が割り当てられたが、再開発ビルは原告会社のようなバーナー販売というハードな仕事には全く向いていない。やむなく権利床を西部ガスに貸すことになった。三四年間営々として築きあげてきた会社と事業を一瞬にして奪い去っていった再開発は、原告光野にとって誠に恐ろしい出来事であった。
(三) およそ再開発事業というものは、そこの住民が自分達の建物を共同して建て替え機能を良くして、再び入居しその町を栄えるようにするものだと聞いていたが現在再開発ビルに入居しまがりなりにも自分で商売している人々は、くすり屋さん、かばん屋さん、写真屋さん、お好み焼き屋さん、豆腐屋さん、お医者さん二軒と、わずかに七軒だけであり、地権者の一割にもみたない。これで住民のことを考えた再開発といえるだろうか。
(四) 考えれば考えるほど原告の悩みは深く、とうとう糖尿病となり、眼病、胸部咽頭感染性障害等々、病気の連続で、現在会社の実務をも退いて病院通いに専念している毎日であり、まだ六三歳であるにもかかわらず、再び会社経営に復帰する体力も意志力も全く失ってしまった。そのため他所に移転したバーナー部門の事業は第三者に譲渡し、自分は社名も「株式会社ミツノ」に変更し、西部ガスに再開発ビルの権利床を賃貸している「不動産業者」への転業を余儀なくされてしまったのである。
2 原告真崎勝美
(一) 原告真崎は、「マルシンビル」という六階建のビルを所有し、一階で陶器店を経営するとともに六階に現在五六歳になる娘と一緒に居住していた。しかし、再開発事業によってビルが解体され退去させられた今、生活保護を受けて生活することとなってしまった。
同原告は、明治三九年に佐賀県の武雄に生まれ、小学校を卒業した後朝鮮に渡り陶器店を開き、以来終戦までの約二〇年間商売を続け、それなりに財産を築くことができた。しかし、戦争によってこれらの財産を奪われ、昭和二一年五月二三日に日本に引き上げ、まさに乞食同然の生活から出直すことになった。この時、長女が女学校一年、次女が尋常小学校三年、三人目が一人息子であった。子供達を母に頼んで、焼け野原になっている博多の町に妻とふたりで出て再び陶器店を開業した。最初の場所は現在の奥の堂で、青天井の露天商を始めその後、昭和二四年に千代町に移った。第一生命の所有であったその土地を借りて営業を始め、露天での商売を続け、一生懸命働いてこの土地を買い、借金して二階建の家を建てたのが昭和二七年である。この時の借金の返済に一〇年以上かかった。原告は、もとよりこの土地を立ち退くことなど全く考えていなかったので、そこに六階建のビル建設を計画し、建築確認通知を受けた。原告はすでに高齢であるためローンは息子の剛の名前で組んだが、ビル賃貸料収入などによりローンを返済し生活していくだけの収益を充分得ることのできる状況だったので将来には何の不安もなかった。
(二) ところが、東公園に新しい県庁がやって来て、再開発問題が起こり事態は一変した。愛着のある千代町から立ち退くことなど全く考えていなかった同原告は、最初から反対運動に加ったが、同原告の意思が固いことを知った市は、息子の剛を説得し、剛が持っていた原告の印鑑を押させて立ち退きを承諾する文書を作らせ、移転補償金を息子に交付してしまった。そのため同原告はやむなく立ち退いて以後、娘とともに近くに小さな陶器店を開いたが、場所が悪く仕入の金もないので、家賃を支払うと何も残らない状況にある。
(三) 同原告は今、生活保護に頼って生きている。町内で会計や老人クラブの副会長等の役をしてきた同原告は、自分の現在の姿が恥ずかしく町内の人達に合わせる顔もない。同原告は戦争によって朝鮮で二〇年間にわたって築いた財産を失った。しかし戦争で負けたのだから仕方がないとあきらめ、その後苦労に苦労を重ねようやく汗と力で築いた千代町の財産と家族のつながり、人生の誇りを、今度は再開発事業のために失うこととなってしまったのである。
3 原告松村國子
(一) 原告松村は、本件再開発地域の千代町で二階建の店舗兼住宅を賃借し、一階で「大松かばん店」という屋号の店を経営しながら二階を住居にして暮していた。大正一四年生まれである。原告が千代町の住民になったのは、夫と結婚した昭和二八年三月で、夫が結婚前からカバン店をやっていたので、それを家業とし、夫が生きていたころは、使用人も三人ほど雇っていた。夫は二〇年以上前に亡くなり、自分の手だけで育てた娘二人も嫁ぎ、現在は一人で暮らしている。店は朝一〇時に開店し、夜の七時半ころまでやり、正月の三日間以外には休日も祭日も休まず働いてきた。千代町は気軽に立ち寄れる庶民的な商店街で、原告の店の向かいにはラーメン屋さんやパーマ屋さん、寿司屋さんが立ち並び、夜遅くまで賑っていた。店の営業も順調で経費も安いので、原告が一人で生活していくには充分な売上げがあった。町内活動も活発で、新年会・忘年会や遠足のミカン狩りなどは町内に住む者の大きな楽しみであった。
(二) ところが、突然、市のほうから再開発の話が持ち上がり、その後先行買収で向いのラーメン屋さんやパーマ屋さん、寿司屋さんが次々に立ち退いてしまってからは、すっかり様子が変わってしまった。夜になると、あたりは真っ暗になってしまい、お店に来るお客さんも「お宅はいつ立ち退くんですか」などと言いだした。売り上げも以前の半分以下になり、おかげで問屋への支払いに追われ、食べていくのが精一杯という状況になっていった。市の先行買収で町はすっかりさびれ、友達もいなくなり、寂しい思いをする毎日が続き、私はいったいどうなるのだろうという不安が日増しに募っていった。
原告のような独り暮らしのものが、高い金を出して再開発ビルに入るゆとりがないのは当然である。住み慣れた千代町や家を出ていかなければならなくなる。しかし、出ていって新しいお店を持つにも多額の金が必要になってくる。とてもそんな余裕はない。それに、新しい土地で新しいお客さんを開発するのも大変だし、六〇歳になってそんな冒険をすることもできない。ほかの仕事をみつけるにしても、この年ではとても無理だろう。こんな再開発さえなければ店に座ってお客さんの相手をし、お茶を飲みながら世間話をして、平和に暮していたのに・・・毎日のようにこんなことを考えて思い悩み続けた。原告の不安と焦燥は、とても言葉では語り尽くせない。
(三) その後同原告は、裁判で争っていることもあり、市との交渉で何とか西部ガスから賃借するというかたちで再開発ビルの中に店舗を持つことができた。しかし客層は全く変わってしまったし、ビル内のほかの店舗との慣れない付き合いも大変で今後、いつまで店を続けることができるのか不安でならない。原告は二度と自分たちのような目にあう人が出てこないように、このような住民泣かせの再開発を繰り返させてはならないと叫び続けている。
4 原告博多民主商工会
(一) 原告博多民主商工会は、博多区内の中小零細業者で組織され、業者の経営と暮しを守ることを目的として活動している。日常は、経営改善や資金繰り、債権回収に悩む会員の経営相談にのり、税務の指導・援助をし、時には店舗の賃貸借や売買に伴うトラブルなど経営にまつわる法律相談にたずさわるなど、業者の暮しと生活を支えるあらゆる活動に取り組んでいる。
同原告は、従来、博多区中呉服町に事務所をかまえていたが、昭和五八年一〇月、千代町の「寿バーナービル」に移転した。移転の理由の第一は、千代町が福岡県庁や博多税務署、博多区役所、博多保健所など事業活動上たえず連絡が必要となる行政機関ときわめて近いからである。例えば、一四五〇名の会員のうち、建設関連の業者が約四〇〇名近くいるがこれらの業者のため同原告は建設業の許可申請や更新手続き、県や市の事業入札、資格審査など一日に平均四、五回も県庁を訪れる。また、環境衛生・食品関係の事業者ら約七〇〇名のため、保健所に通い、またこれらの事業資金借入れのため毎日のように県庁に通う。会員の確定申告やその他の税務申告(例えば、物品税、酒税、相続税その他)や家族や従業員の財務関係の書類提出のため、毎日の如く税務署に足を運んでいる。したがって、県庁を中心に各種の行政機関が近在する千代町は原告のような商工団体にとっては極めて格好の拠点地と考えられたのである。
移転の第二の理由は、千代町が博多を中心に周辺近郊に住む会員が事務所を訪問する際に交通の便が良く、自動車に乗ってくる会員のための駐車場の確保が容易だったからである。原告のような事務所は中小零細業者が悩みを持ち込む「かけこみ寺」として気軽に出入りすることができなくてはならない。その意味で千代町の寿バーナーへの移転は原告の事業活動のうえで大きな飛躍となった。
(二) なお、同原告が千代町に進出した昭和五八年には、既に再開発事業についての都市計画は決定されていたが、福岡市の構想していたホテル案が棚上げとなり、地元での懇談会も失敗し、住民からは再開発見直しの要望書が提出されるなど、千代町再開発事業が事実上頓挫したと住民に受け取られていた時期であった。ところがその後地元大手の独占企業である西部ガスをキーテナントにするということとなり事業が動き始めたが、再開発ビルの九九%は西部ガスに独占され、再開発ビルに入居できる地権者はわずかに一〇軒程度ということが明らかになる中で、原告の会員の中にも誰のための事業推進なのかと多くの怒りの声が上がってきた。
(三) 同原告のごとき業種は、もとより、今回のような再開発ビルには適さず、結局昭和六三年八月、福岡高校近くのビルに事務所の移転を余儀なくされたが、千代一丁目の寿バーナービルとは立地条件が大きく異なり、寿バーナービル当時有していた利点は著しく後退してしまった。
そのため、会員からは「場所が分かりにくい」「駐車場が少ないので行きにくい」等多くの不満が寄せられ、中小零細業者の足を遠のかせ、十数年来、毎年会員数の増勢を続けていたのが、移転を契機に急に止まり、退会者が続出するという予想もしない深刻な事態を迎えている。原告の退会者は、移転後の六ヵ月間で合計一〇八名にものぼり、その財政基盤である会費と機関紙(商工会新聞)代の収入金も大きく減少した。この傾向は少しずつ止まってきているが、会員数はさらに減少を続け、現在は約一一九〇名で、一年間の会費収入は約四〇〇万円落ち込んでおり、事務所移転に伴って行政交渉に行く際の経費増や時間損失なども考慮すると莫大な損失となってきている。
これらの点について、移転補償の交渉の際にも市に補償を求めたが、一顧だにする気配がなく今日に至るも放置されたままである。
二 原告らの損害の特質
1 前述の如き原告らの損害を見ると、それを単なる個々の財産的損害に区分し、それらを積み上げ、或はこれに精神的損害を付加して考えるだけでは到底とらえきれないものがあり、ましてや精神的損害等を全く考慮しない「権利変換」や「移転補償」により補償が尽くされているなどといえないことは明白であろう。
原告らが蒙った被害は、その人生や事業の総体にかけられたものであり、又、原告らにおいて長年月をかけて築きあげてきた地域共同体のコミュニティの破壊も極めて重大である。しかもこのような被害は、その多くがその後の努力によっても容易には回復しがたい性質のものであり、原告らの今後の人生や事業の再生には大きな困難が待ち受けている。
2 これに対し、再開発事業により得られる開発利益は、そのほとんどすべてがキーテナントである西部ガスに集積される。本件再開発地域の周辺になされた公共投資も含め再開発ビルの完成により本件再開発地域とその周辺の地価は二倍以上に急騰したといわれているが、そのような開発利益は追い出された地権者にではなく、結局のところ再開発ビルの九九%を占める西部ガスに独占されたのである。つまり、圧倒的多数の零細な地権者の特別の犠牲のうえに、独占大資本が特別の利益を受けるという、極めて不公平な事態が被告が実施した公共事業の名のもとに生み出されたのである。住民不在の都市再開発事業が生みだすこのような構造的欠陥こそ原告らの重大な損害を生みだした特質を形づくっているものといわなければならない。したがって原告らに対する損害賠償を考える場合、右の如き特質が充分考慮される必要がある。
別紙
被告の主張
一 法自体が憲法第三一条、第一三条、第二九条に違反する違憲の法律であるとの原告らの主張について
原告らは法自体が憲法第三一条、第一三条、第二九条に違反する違憲の法律であると主張しているので、まずこの点について述べる。
1 憲法は法文上明らかなように、幸福追及の権利にしろ、財産権にしろ絶対無制限にこれを保障しているものではなく、公共の福祉による制限は認めているものである。憲法第二九条は「財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定める」とし、国民がこれにより不利益を受ける場合「正当な補償」をすることを保障している。
2 法は急激な都市化現象の中で既成の密集市街地における生活環境を改善するために「都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新を図り、もって公共の福祉に寄与すること」を目的として制定された法律であり、従前の土地区画整理法による土地区画整理事業のような平面的な土地利用の手法では解決できないものを土地の高度利用の手法で対処しようとしたものであり、その施行区域については一定の条件が付されており(法第三条)、土地、建築物の所有者などの財産権に対しては基本的には権利変換の手法をとり、これに対応した補償に関する規定をしている(法第七〇条以下)。
3 法には、手続的正義を担保する規定が極めて不十分で、かつ、地域住民の合意手続を全く保障していないとの原告らの主張の点について述べると、本件事業のような地方公共団体施行の第一種事業に関する規定においても、権利変換を受ける場合には、従前の土地、建築物の価額と再開発ビルに与えられる床の価額が照応するよう定めなければならず(法第七七条第二項)、転出を希望する者には従前の土地、建築物の価額に利息相当額を付した補償金を支払い(法第九一条)、土地の明渡しに伴う占有者に対する補償も規定されている(法第九七条)。
さらに、権利変換の内容や従前の土地、建築物の価額を具体的に定める権利変換計画を定めるには、市街地再開発審査会の議決及び都道府県知事の認可が必要なこと(法第八四条、第七二条第一項)、権利者は権利変換計画について意見書を提出することができ(法第八三条第一項)、不採択の場合には、従前の土地、建築物の価額につき収用委員会の裁決を求めることができる(法第八五条)等が規定されている。
また、法は事業を施行することができる者として、個人施行者、市街地再開発組合、地方公共団体、住宅都市整備公団等に限定し、手続的にも厳格な要件を定め関係権利者の権利保護を図っている。すなわち、個人施行者にあっては、施行区域内の宅地又は建築物について権利を有する者の同意、市街地再開発組合にあっては、施行区域内の宅地について、所有権及び借地権を有する全ての者のそれぞれ三分の二以上の同意を得なければならず、地方公共団体にあっては、市街地再開発事業を施行しようとする場合には、施行規程を定めなければならないが、施行規程は住民の権利関係に重大な影響を与えるものであるからこれを条例で定めるものとし、住民を代表する地方公共団体の議会において審議されることにより施行区域内の関係権利者の権利保護を図っている。
また、個人施行者を除き、市街地再開発組合及び地方公共団体が事業計画を決定する場合には、あらかじめ、公衆の縦覧に供し、関係者は事業に意見があるときは、縦覧期間満了の日から起算して、二週間を経過する日までに、組合施行の場合は都道府県知事に、地方公共団体施行の場合は地方公共団体に対し、意見書を提出することができる。その審査に当たっては、行政不服審査法第二四条から第三一条までの規定が準用される。
このように、都市再開発法には、事業を施行するに当たっての手続規定が明確に規定され、関係権利者の保護を図っている。
4 原告らは、法は事業計画決定から施行までの過程において住民参加手続を欠如しており、裁量逸脱の違憲の法律であると主張するが、これは独自の見解に立って立法論を展開しているものに過ぎない。したがって原告らの違憲の主張は理由がない。
二 本件事業は、法第三条第三号、第四号の条件に違反するとの原告らの主張について
本件事業は、法第三条第三号、第四号の条件に該当する適法なものである。
本件事業が法第三条第一号、第二号に該当する点については原告らも明らかに争っていないところである。
1 法第三条第三号に違反するとの主張について
法第三条第三号は、施行条件として「当該区域内に十分な公共施設がないこと、当該区域内の土地の利用が細分化されていること等により、当該区域内の土地の利用状況が著しく不健全であること。」とある。
すなわち、施行区域内に十分な公園がなくこどもたちにとって遊ぶ場所がほとんどないとか、施行区域内の道路では自動車の通過交通がひんぱんであるにもかかわらず歩道が全くなく、買い物、通学、通勤に際し危険度が高いとかいうように、必要な公共施設を欠いている場合には、土地の利用状況が不健全であるということができる。特に、密集市街地においては、各宅地に空地に余裕がないので、必要な公共施設が不足しているからといって簡単に公共施設を設けることは非常に困難であるため、相対的にその不健全さが著しいことになる。
さらに、密集市街地において、計画的な再開発を行わない場合、木造家屋の建替えの時期が一定せず、各戸ばらばらに建替えるようになれば、鉛筆ビル、カミソリビルが乱雑に建つことになる。そのような状況では、<1>廊下、階段等の共用部分の比率が大きく効率が悪い、<2>隣地との斜線制限で高いビルが建設できない、<3>駐車スペースがとれない、また細分化された土地に非木造建築物が建設されると半永久的に残り、まとまった有効空地の確保ができず、日照、採光、通風等の環境条件が悪くなるといった弊害が生じる(改訂版「都市再開発法解説」建設省都市局都市再開発課監修 大成出版社出版四頁及び六三頁参照)。
そこで、本件千代地区の状況をみれば、昭和三〇年代の始めまで、宗像、粕屋、筑豊からの玄関口として、商業、娯楽の中心地として栄えていたが、その後、住宅地が福岡市の西南部に広がるに伴い、商業、業務の中心地が天神及び博多駅周辺に移動・集中化し、加えて、石炭から石油へのエネルギー革命により、粕屋、筑豊につながるこの地区の衰退に一層拍車をかけた。また、この地区は、戦災を免れたこともあって、本件都市計画決定当時の土地利用については、一〇〇平方メートル以下は三一件(五五パーセント)、一〇一平方メートルから二〇〇平方メートルまでは一六件(二九パーセント)、二〇一平方メートルから三〇〇平方メートルまでは四件(七パーセント)、三〇一平方メートル以上は五件(九パーセント)で、二〇〇平方メートル以下の土地利用は八割以上に及んでいて細分化されており、しかも、本件施行区域には相当老朽した木造家屋が密集していることは公知のことで、火災時における危険性が極めて大である(乙第一九号証、同第二一号証及び第二三号証の一)。また、本件施行区域には、幹線街路(千代大手門線、千代粕屋線、東公園線)が交差し、バス、トラックの通過が多く、天神方面からは右折、粕屋方面からは左折の車が多い特徴のある交差点であり、バス路線も集中する交通の拠点であるものの、歩道の設置は一か所しかなく、歩道の未整備等による利用効率の悪さにより、地域住民が日常絶えず交通上の危険にさらされている(乙第二〇号証の一、二参照)。
以上の状況を総合すると、原告らが主張している点は全て理由がなく、本件施行区域内の土地の利用状況が著しく不健全であることは明らかである。
2 同条第四号に違反するとの主張について
同条第四号の「当該都市の機能の更新」とは、都市を構成する一市街地の機能更新を以って足りると解される(前掲「都市再開発法解説」六三頁参照)が、本件事業は、千代地区の更新につながるのみでなく福岡市全体の機能の更新にもつながるものである。
本件千代地区は、都心天神から東へ約二キロメートルに位置し、都心の周辺部に当たり、県庁舎の東公園移転を契機とする周辺開発構想が進む中で、業務機能の集積、地下鉄による交通網の再編、粕屋方面への入口増などの状況から、都市機能を分担すべき地区といえる。
また、国道二〇一号線による東部粕屋方面から都心部への導入口であり、国道三号線及び国鉄鹿児島本線と関連を持つ重要な連絡拠点でもある。しかも、千代地区のコミュニティーの中心に位置し、地下鉄駅の開設、バス停の集中といった地区住民の交通機関の拠点となっており、県庁舎の移転に伴う幹線街路の整備、吉塚駅の改築等、周辺の交通施設の整備計画が進行することによって、将来、自動車、歩行者の交通量が増大することが予想される。
ところで、本件千代地区は前述のように戦災を免れたこともあって、細分化された土地に老朽木造家屋が密集しているうえに、交通の過密地区であるため、居住環境の悪化や防災上の問題が生じている。このように、老朽化し、利用効率の低下した地域は、区画整理のような平面的な開発では、その都市の体質を変革することはできず、既存の建築物を全て除却し、それらの権利関係を新設する中高層建築物に集約することによって、ゆとりある都市空間を確保し、もって新たな空間価値を創出するといった思いきった対策によってのみ地区の体質を変革することができる。
本件事業は、千代地区の基礎調査を踏まえ、本件千代地区にふさわしい、地下三階、地上一一階(一部二階)建の施設建築物を建築して、その施設建築物を商業、業務ビルとするとともに、この施設建築物に施行区域内の既存の土地、建築物についての権利関係を法の定める手続きにより集約せしめんとするものである。
そして、施設建築物を除く空間は、全て千代大手門線、千代粕屋線、東公園線及び区画街路の公共施設に生まれ変わらしめ、施設建築敷地についても歩行空間の確保と千代交差点側地下鉄出入口部分及び東側角地のまとまったオープンスペースを確保することによって、憩いの場又は防災空間として利用できる。また、千代交差点の改良によって、右左折車両の交通の円滑な処理、ポケットパークの設置によるゆとりある空間の創出、地下鉄昇降口の設置による安全な歩行動線の形成が実現する。このように、ゆとりある空間を生み出すことによって、人と車の交通を分離して交通の危険から開放され、通学、通勤、買い物等が安心してできる安全で快適な生活環境が形成されるとともに、千代地区のコミュニティーセンターとしての役割を十分果たすことができる(乙第二〇号証の一、二参照)。
以上のことはとりもなおさず、福岡市既成市街地の都市機能を著しく増進せしめるものであるとともに、千代地区周辺の発展、浮揚を促進するものとなる。
以上のとおり本件事業は法第三条第三号、第四号の条件を充足することは明らかであり、適法である。
三 その他の本件事業が違法であるとの原告らの主張について
1 本件事業は法第二条の三に違反し、公共の利益に合致した開発目標も決まっていない無計画なものであるとの主張について
本件事業は、計画当時、「都市再開発方針」すら策定されておらず、公共の利益に合致した開発目標も定まっていない無計画なものであるとの原告らの主張については、本件千代地区の再開発事業の着手にあたっては、被告市のマスタープランに基づき計画的に進めているものであり(乙第一六号証及び第一七号証)、また本件事業は、福岡市都市計画審議会の議を経るなどして(乙第四号証乙第五号証)福岡県知事の都市計画決定を受け(乙第六号証)、福岡都市計画の一部として位置づけられているものであり(乙第一八号証)、何ら無計画なものではない。
「都市再開発方針」については、本件千代地区の再開発事業化を図る基本計画作成着手後の昭和五五年法の一部改正により、一定の都市について計画的、総合的な都市再開発を進めるためのマスタープランづくりが制度化されたところであり、昭和五七年五月二七日付けで建設省から「都市再開発方針の策定とこれに基づく再開発の推進について」の通達がなされ、これにより、都市再開発方針策定の基準が示された。被告市は、これをうけて直ちに都市再開発方針の策定作業に入り、昭和五九年二月に福岡市都市再開発策定調査報告書をまとめ、県はこの報告書をもとにして、公聴会の開催、都市計画審議会の議を経るなどして「都市再開発方針」を決定し、同再開発方針は昭和六〇年四月三〇日に告示されている。当該「再開発方針」においては、本件千代地区の再開発、整備等の主たる目標を「地下鉄県庁口周辺において、県庁口にふさわしい市街地の再整備を行うとともに周辺部の整備、更新の誘導を図り、地域の振興、居住環境の向上に資する。」とし、実施予定の主要な事業を「市街地再開発事業」としている。
2 本件事業は計画自体が地域住民の生活と営業を破壊するものであり、特定企業の利益のみを優遇する不公平なものであるとの主張について
原告らは、計画自体、地域住民の生活と営業を破壊するものであると主張するが、本件事業計画では、地区の商業・業務としての現有店舗が入居できる床は確保されており、また本件事業が権利変換方式をとるものであるため、従前の権利により再開発ビルの床を取得することができ、再開発ビルへの入居を希望しない者は、金銭の給付又は建築物の移転により、他所へ移転することができるようになっている。また、住宅についても、公的住宅への斡旋等の措置を講じている(証人中野長喜第一回証人調書五七項)。したがって、本件事業計画は地域住民から生存基盤を奪いとるものではない。
本件事業計画が特定企業の利益を優遇する不公平なものであるとの主張については、本件千代地区の再開発に当たっては、事前調査、基本計画及び地元意向を踏まえ、昭和五六年八月にホテルをキーテナントとする旨の福岡県知事の都市計画の決定を受けた。その後、事業促進について協議を進めてきたところ、「ホテルでは地域の浮揚が期待できない。」との地元意見がアンケートにより出され(乙第三三号証の二)、またその後の経済情況の変化もあり、東部地域との交通の結節点、県庁玄関口としての機能、都心地域における良好な環境といった千代地区の特性を考慮し、キーテナントの選定について検討を加えた結果、業務ビルの方がより高い開発効果が発揮でき、かつ、地域の浮揚が期待されるものと判断し、テナントの選定を行ってきたものである。その結果、昭和五九年五月地元の了解も得られたので、西部瓦斯本社がキーテナントとして入居することに決定した(証人古田義行第一回調書一〇七項以下及び一一七項以下、証人中野長喜第一回証人調書三六項以下)。西部瓦斯においては、千代町が発祥の地であること等から、地域と一体になった再開発計画を望んでおり、被告市としても、西部瓦斯の移転、入居に伴い、街が活性化し、昼間入口等の増加による地区の発展・浮揚が図られ、ひいては再開発ビルへの地元入居者の権利保護が図られるとともに、保留床の処分が円滑に行われるため、事業の促進につながるものと判断したもので、これについては、昭和五九年九月福岡県知事の都市計画変更の決定を受けた(乙第九号証及び第一〇号証)。
3 本件事業の遂行手続には違法があるとの主張について
(一) 虚偽事実を告知し或いは故意に事実を隠蔽したり、本件事業推進に当たり虫食い的な建物除去や借家人の立退きをなし、事業推進反対者に対し威圧や利益誘導など不当不正な手段をとったとの主張について
被告市において虚偽の事実を告知し、あるいは故意に事実を隠匿したことはない。先行買収に関しては、昭和五六年八月に本件事業の都市計画が決定されたことに伴ない、都市計画法第五六条に基づいて、土地所有者の申出により土地を買収し、建物については、建物所有者において移転したものであり、何ら強制的なものではない。したがって、反対者に対する生活侵害行為を武器として威圧、利益誘導等の手段を講じたことはない(証人中野長喜第一回証人調書八一項以下、第三回調書一二一項以下)。
(二) 本件事業計画案に対する意見書の審査に当たり、資料の提出、証拠調の申し立て等を拒否し、実質的な行政不服審査手続をしないまま原告らの意見書を不採択としたとの主張について
原告らは本件事業計画の縦覧に対し出された意見書の審理において、実質的な審理を遂げないまま意見書を却下しており、手続き上違法であると主張するが、法第一六条第三項の意見書の審査については、行政不服審査法のうち、同法第二四条から三一条までの審理の方法の規定が準用されることとされており、同法第二五条第一項によると審理は書面によることを原則とし、意見書を提出した者又は参加人の申立があったときは、口頭で意見を述べる機会を与えなければならないとされている。
この点について、昭和六〇年一一月一三日から同年同月二六日まで実施した事業計画案の縦覧に対し二三名より反対の意見書が出され(ただし後日六名は取り下げた)、このうち一三名より口頭で意見を述べる機会の要求があったため、被告市は昭和六〇年一月一四日(第一回)に一名、昭和六〇年一月三〇日(第二回)に二名、昭和六〇年二月一七日(第三回)に一〇名に口頭で意見を述べる機会を与えた。このように、被告市は事業計画決定に当たって原告らの要求どおり三回にわたり口頭で意見を述べる機会を与え、原告らの申出による資料提出や証拠調の申立等についても十分検討のうえ、意見書の審査を行い、採択か不採択かを決定したものである(甲第一号証の五参照)。
また、不採択にした意見書については被告市の考え方を併せて通知するといった手続を経ており、充分な審理を尽くしたものである(甲第一号証の六及び七参照)。